2012年01月31日

カルボナーラもんじゃの話

 
 日本人っていうのは、食をさまざまにアレンジするのが本当に好きですねえ。

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 つい先日、もんじゃ好きなOMちゃん、以前お世話になった編集者のOEさんと、もんじゃを食べに行きました。
 場所は浅草の「祭りばやし」。

 椅子席、といってもベンチ型で、ソファ部分を持ち上げると中が物入れになっている。
 最近のもんじゃ屋でよく見かけるタイプですが、ここは開店10年を迎えたそうですから、数々の食べ物店が生まれては消えを繰り返す浅草では、健闘中の店といってよいのではないでしょうか。

 さて、肝心のもんじゃ。
 五目もんじゃ、明太子もんじゃ、それにカレーもんじゃまでは食べたことがあったけれど、カルボナーラもんじゃなどというハイカラ(?)なメニューに出くわしたのは初めてです。
 それでオバサン根性丸出しのキッタンが、「せっかくだから食べてみよう」とリクエストしたわけで。

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 現れたのはソースっ気の全くないホワイトもんじゃでした。
 具はと申しますと、もんじゃの定番であるキャべツは健在ながら、あとはハムに粉チーズ、青ノリに見えるのはバジルで、完璧に洋風。
 カルボナーラに欠かせぬ卵は黄身のみが生のまま頂上に君臨しておりました。

 今回、もんじゃづくりはすべて、もんじゃ通のOMちゃんにお任せしており、それまでのもんじゃは難なく美味しく調理してしまった彼女ですが、さすがに「卵、どうすればいいんですかね。このまま混ぜて焼いちゃっていいのかな」と迷っておりました。
 
 しかし、結局、具に混ぜ込んでから鉄板へ。
 そしてご覧のようにあっという間に火の通ったカルボナーラもんじゃ(写真1枚目)を、コテで掬って舐めてみると――。
 OMさん、OEさんとも、違和感はない様子です。
 キッタンも舐めてみれば、もんじゃというより、グラタンのルーを彷彿させる味。
 まあ悪くないって程度かと、その瞬間は思ったのですが、食べ始めるとけっこうコテが進みます。
 つまり、わりにイケるんだな、これが。

 理由は3つ。
 1.ハムに熱が通るにつれ、ハムのうまみが際立ってきて味にコクが出る。
 2.焼いているうちにキャベツの甘みもルーににじみ出て少しまろやかさも加わる。
 3.だから焦げ目も美味しい。

 そんなこんなで、案外早く完食いたしました。
 唯一気になったのは塩味でしょうか。
 食べ始めはやや味が薄くさえ感じたのに、ハムの塩分が出るためか、ルーの水分が飛んで味が凝縮されるせいか、次第に塩気が強まってきます。
 高血圧気味のキッタンには若干、不安。
 それを除けば、そのとき呑んでいたハイボールのおつまみとしてうってつけなのでありました。

店についての情報を少々

 どのもんじゃにも味付けがされているとのこと。
 これは最近のもんじゃの傾向なのでしょうか。
 昨年、やはりOMちゃんと行った墨田区吾妻橋のもんじゃ屋「CHICO」でも同様でした。
 (「CHICO」にはスカイツリーもんじゃというメニューあり)

 価格。
 1杯900円前後という価格が高いのか安いのか、最近のもんじゃ相場はよくわからず。
 しかし、月島のもんじゃ屋で海鮮もんじゃ1800円なんてのを見かければ、まずまず庶民的な価格ですか。
 量はそれほど多くないものの、3人程度であれこれ味見したい場合には手頃なサイズ。
 もう一つ、これも最近の傾向なのでしょうが、ルーが濃い、つまり小麦粉が多く使われていて、味も濃厚な気がいたします。

 おしゃべりに夢中になっていたので、客の入りまではチェックしていませんでしたが、長っ尻な客は案外と少なかったような。
 締めの焼きそばやデザートまで行かず、他で呑みなおしたり、ラーメンなど食べに行くのかもしれませんね(それが出来るのが、浅草でもんじゃを食べるメリットでもある)。



しかし、これはもんじゃなのだろうか

 酒のつまみとしては全く問題のなかったカルボナーラもんじゃ。
 しかし、果たしてこれはもんじゃなのだろうか。
 帰宅してからそんなことをついつい考えてしまいました。

 キッタンが子供時代に体験したもんじゃは、今では懐かしいアルマイトの水飲み用カップに入って50円程度でしたか。
 具といえばキャベツがメイン(というかほとんど)で、後は好み焼の具の余りを捨てるに惜しくてこっちへ回したのではないかと思われるようなものが見え隠れ。
 味付けなし、白い小麦粉のとぎ汁のまま出てくるので、自分でウスターソースを心ゆくまで注ぎ込み、マイカラー、マイテイストにカスタマイズするのが下町もんじゃの掟でした。
 そして誰もがたっぷりソースを入れました。濃い味が好きだからではなく、量を増やすためです。
 セコイって? いえいえ、子供なりの生活の知恵。
 

 焼き方も今とはずいぶん違いましたね。
 土手状にはせず(したくてもそんな量もなかったけど)、具より圧倒的に多く入っているルーを、ざーっと鉄板に流す。
 具入りの部分はトロンとする程度まで火を通し、食べるよりは舐める感覚。
 さらに、ルーだけを平たく伸ばしてパリパリに焦がす。
 それをどれだけ大きな面積のままではがして食べられるかーー表だって競ったりはしないものの、みんな秘かにそれを目指して焼いておりまして、誰かが大きなオコゲをつくって見事にきれいにはがすと、内心羨ましかったですねえ。
 なぜって。
 まず油の引き方に気を配らなければいけないし、火加減との兼ね合いもある。
 ルーを広げる厚みにもコツがいる。
 それに、せっかく大きなオコゲができても、コテの力の入れ方によってはすぐに粉々に崩れてしまいますから、かなりのテクと細心の注意が必要なのです。
 残念ながら、不器用なキッタンはビッグ・オコゲを一回も作ったことがなく。
 

 そんなですから、もんじゃ1杯を皆で分けたりはせず、めいめいが自分の分を注文し、自分の前で少しずつ焼いて行く。これはお好み焼きについても同様で、シェアして食べるルールはなかったですねえ。


 やがて、月島がもんじゃの聖地として有名になったのは、キッタンが大人になってから。
 それまで下町では、もんじゃは駄菓子屋かかき氷屋の冬のメニューで、子供が食べるものと決まっていいましたで(少なくともキッタンは、大人が食べているのを見たことがなかった)。
 ですからと全く興味を持たなかったのですが、いい年こいて友人に連れられて初めて月島の店に入って、驚きました。
 もんじゃ1杯が何と600円もする(15年近く前の話。それでも今よりは安かった。1000円台のもんじゃはなかったし)。
 
 本来は庶民の子供が最も気軽に手を出せるオヤツであったはず。
 月島もんじゃは確かに駄菓子屋もんじゃの何倍も量があるし、具もたっぷり入っているし、メニューもバラエティ豊か。でもそれにしてもこの価格設定は高すぎるよなあと、当時はひどく違和感をもちました。

 その上、焼くには土手にしなくちゃいけない、なんて言う。
 初めて月島の店に入ったときのこと、下町ルールのつもりでルーを自分の前の鉄板に流そうとして、店のおっちゃんに「ダメダメ、だから素人は困る」と叱られた(文字通り叱られたのです!)のには参りましたねえ。

 
 時は移ろい、もんじゃの味や食べ方も変わっていく。
 まあ、これは仕方ないことなのかもしれませんが。


 もっとも、「大人もんじゃ」にも長所があります。
 たとえば中華料理店へ何人かで行く。
 一品料理を取ってシェアするとなると、厚かましい人を別とすれば、ふつうは親しい間柄でも遠慮しがち。
 世話役を買って出てくれる人が料理を取り分ければまだしも、そうでないと何となく箸を出しにくい場合も多いのではないでしょうか。
 もんじゃの場合、ここ何回か出かけてさりげなく観察(?)してみたところ、みんな臆せずコテを出している。
 自分の好きなだけ取って食べて、でも、皿に盛るわけではないので、「あの人はあんなに取っている」的な判断がしにくいせいか、人目を気にする日本人には案外とよい方法なのかもしれません。
 キッタン自身、たまに無意識にコテを使っている自分に気づいて、びっくりすることも。
 
 
 と、ついつい話が長くなりました。
 もんじゃも、食べ歩いてみるとそれなりの発見があり、次回はどこにしようか、と。
 
  
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2012年01月11日

2012年新年のあいさつに代えて(あるいはぎっくり腰または坐骨神経痛で迎えた新年のよしなし話)


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ぎっくり腰か坐骨神経痛か
それが問題だ?!


 新年のあいさつは、当菜園の異端児、ヘチマ君の賀状でのたわ事に任せ、菜園の管理人はブログの更新を放ったらかしにして呑んだくれていたんじゃないかって?
 
 いえいえ。
 (それに、呑んだといっても雀の涙。五十路の声を聞いて以来、さっぱり酒量は進まずでしてね)

 実はキッタン、暮れから腰痛でウンウンと唸っていたんでございますよ。
 というわけで、今回は新年のあいさつというより、単なる近況報告です。

 座業が続いたのも原因だろうし、12月初旬に老父が転んで硬膜下血腫で入院騒ぎ(昨年の11月に続き2度目)、それが一段落してほっと気が抜けたってのもあるだろう。
 クリスマスの翌日、または翌々日でしたでしょうか(情けなや、わずか2.5週間前のことさえ忘れているなんて!)、突然、腰痛に襲われまして。
 ぎっくり腰にありがちな「ギクッ、ウグッ」的痛みの大波が最初に訪れたわけではないんですが、なーんか腰が痛いぞと思っているうちに、どんどん痛みが増していき、「ギクッ、ウグッ」の小波が頻繁に寄せては返し、とうとう身体を起こしているのが辛くなってしまいました。
 それで2日間は否応なくベッドの人。

 でも、症状的にはぎっくり腰より軽い感じですか。
 おトキさんも「それ、坐骨神経痛でしょうよ」
 そうかもしれないなあ。
 ぎっくり腰のときには一度ベッドに横になったが最後、身体をちょこっと動かしても「ギクッ、ウグッ」症状にさいなまれ、トイレに行くにも家人の手を借りなければならなかったほど。
 それに比べて今回は、起きようと思えば起きられるし、腰よりはその少し下の辺りが痛いしなあ。
 背骨の途中にもやや突っ張ったような痛みは感じるけど、これは大したことないもんなあ。

 ただし、今年こそはと心していたオフィス(?)兼リビング兼寝室兼菜園の玄関口である部屋の大掃除は、残念ながら果たせず。
 現在も相変わらず散らかった中でPCに向かっているキッタンなのです。
 (掃除の嫌いなキッタンとしては、内心、この腰痛を喜んでいる節あり)

今年は待乳山昇天で初詣 

 ですから、母屋の大掃除も手抜きだし、例年なら1月1日の午前3時過ぎに千鳥足で出かける初詣も断念。
 賀状に至っては、元日の午後になって書き始めるという怠慢ぶりでございまして。
 しかし、そんなウダウダした生活が文字通りの骨休めになったのでしょう、2日には普通に歩くことができるようになり、牛嶋さまへ初詣。せっかくだからと足を延ばして言問橋を渡り、待乳山昇天でも初詣をいたしました。

 牛嶋さまのお参りは珍しく列ができておりました。
 初みくじは「三角みくじ」200円也。
 開運みくじと記載があり、4番「吉」でございました。
 この運が1年間続いてくれるとありがたいんですけどねえ。
 オマケに石が入っていまして、キッタンがひいたのは紫のアメジスト。
 この三角みくじはあちこちの神社で見かけます。
 三角錐の布袋にはファスナーまで付いており、開けると中にみくじと石が入っているという、ある意味福袋的なみくじ。
 アメジストとこの布袋にコストの大部分が割かれているのではないだろうか、袋は日本製ではないだろうなあ、などとつい余計なことを考えさせられます。

 待乳山昇天では大根を1本200円で売っていました。
 昇天さまは大根がお好きなんだそうで、ここでは大根をお供えする人もかなりいます。
 浅草七福神の一つでもあり、毘沙門天を遠くから拝むこともできます。
 

 てな話はともかくも。
 
 こうしてすっかり元気になったかに思えたキッタンですが、そこに忍びよる魔の手……

平成中村座で江戸風の観劇 

 4日のキッタンは老ママリンと連れだって、隅田川の台東区側で興行中の平成中村座で歌舞伎見物をいたしました。
 江戸時代の芝居小屋を意識して、前の方は板の間に座るというつくり。
 もっとも、ちゃんと座り心地を考慮して座椅子と座布団が用意されています。
 そういう仕掛けがあるとは知らずに予約したんですが、来てみたらこちらの席で、ホホウ、こいつはおもしれえや。
 

 おもしれえのは、席ばかりにあらず。
 ここ平成中村座はこぢんまりしている分、舞台や花道との距離が近く、役者のおしろいの香が漂ってくるのではと錯覚するほど。
 演者の動きや表情も、より臨場感をもって伝わってきます。
 座椅子といっても前の席との間隔をそこそこ取ってありますから、女性のほとんどは正座せずに足を出して立て、男性は胡坐をかいて、というように、観客の皆さんはわりにリラックスした姿勢で芝居に一喜一涙していました。
 
 一種の仮設劇場であるためにやや寒いのは否めませんが、なるほど江戸時代の庶民はこんな風に芝居を楽しんでいたのかもしれないーーそんなお江戸気分も味わえて、まずまず満足。
 芝居については、曽我兄弟の十郎を勘三郎、五郎を橋之助という配役が意外でもあり絶妙でもあり。「お染久松ーー」では七之助が早変わりに大健闘し、老ママリン大喜びなのでありました。
 

そして、腰痛はぶり返す 

 ところが翌日、またもやキッタンの腰痛が悪化してしまったのです。
 今度は「ギクッ、ウグッ」症状が本格的に押し寄せまして、起き上がるのも一苦労。
 どうやら前の晩、観劇で座りっぱなしだったのが響いたようです。
 誤解のないよう申しておきますと、平成中村座の座椅子席は座布団も厚いのを用意していて、十分に配慮されているんです。
 ただ、キッタンが億劫を決め込んで休憩時間中も身体を伸ばすとかいったことをしないのがいけなかった。
 そのせいで、回復しかけた部位にまたもや負担がかかってしまったのらしく。
 それが証拠に、休憩時間のたびにちょろちょろとトイレに立って行った老ママリンは、彼女もまた腰痛持ちであるにもかかわらず、腰が痛くならなかったんですから。

 かくしてまたもやベッドの人になり果てること約2日。
 腰を曲げると辛いので、たとえば床のものを取ろうなんてときには、背筋を伸ばしたまゆっくりしゃがんで手を伸ばすという具合。
 まあ、深いスクワットをしているようなものですから、コツを覚えれば簡単な動作です。

 ただ、重いモノを持つのは今でもかなり辛く。
 本日の午前中に食糧買い出しに出かけましたら、レジ台へカゴを乗せるのが大変で(力を入れると腰に「ギクッ」痛が走る)、思わず「うぐぐ」と声をあげてしまいました。
 
 医者に行けばいいものを、どうせ腰痛バンドを買わされるのがオチだしなあと、痛み止めの薬でごまかしながら、一方で「やれやれ、これが老いってもんかあ」と痛感している年の初め。
 みなさんはどんなことを思いつつ、年初をお過ごしでしたか?


 冒頭の写真は1月7日に撮影した菜園別館(屋上菜園のもう一つ上の階)のイチゴ。
 今冬はまだ簡易温室を仕立てていないので、鉢たちは皆、寒空にさらされているのですが、頑張って実を結んでくれています。
 (おトキさんが100円ショップで購入した耳かきのフワフワの部分でせっせと受粉しているおかげでもある)

 そしてオマケの写真は7日に巡った亀戸七福神の一つ、竜眼寺の布袋さま。
 本尊は別にありますが、これも愛嬌があっていいですね。
 贅沢無用、身一つでいても、こんなに朗らかに笑えるんだよなあ、心が満ち足りていれば。
(でも、こんなにのけぞったら腰が痛いよなあ・・・なんちゃって)

 では、今年もどうぞよろしく。

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2011年12月27日

菜園オールスターズ187/冬だってバラは咲く、イモは穫れる


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年を越せそうです、
テディーベアの花


 1カ月状m御無沙汰してしまった。
 いろいろありました・・・ってな話は後にして。

 当屋上菜園の近況から。

 まずはこの寒空に、息長く咲いているバラの花をご紹介いたします。
 人呼んで、テディベア。
 秋の終わりごろから次々と蕾を付けまして、現在は3輪が開花中なのです。
 バラがこんなにも冬に強い植物だとは知りませんでした。
 え? でも、花びらのお肌がだいぶ老化してるんじゃないかって?

 すいません、管理者の撮影技術不足のせい。
 実際に触ってみると柔らかいしすべすべとしています。

 

ただし。

 花にエネルギーのすべてを与えるためなのでしょう、葉はほとんど枯れ落ちてしまい、実にみすぼらしい限り。
  
 
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 花の女王、バラにもこんなミジメな(?)境遇がありうるのかと、ちょっと驚きます。

 が、どんな境遇にあっても咲いた花は初夏のときと変わりなく、柔らかで心和む色を披露してくれます。
 しかも、「冬だろうが寒かろうが、咲いた以上はちゃんと責務を果たしますわよ」ってわけでしょうか、蕾がほころび始めてから老境に差しかかるまでゆうに2週間は冬空に向かって微笑み続けているのですからら、なんと忍耐強いことよ。

 どんなときでも毅然として己の使命を全うする。
 なるほどバラは花の女王であると、改めて感心したのでありました。









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冬だって収穫!
今年は豊作、クコの実


 菜園の管理人、キッタンは手が大きい、したがって掌も大きい。
 その掌に、ご覧の通りの盛りだくさんな収穫です。
 これは今冬2回目の収穫。
 さらに計数十粒が、クコ2鉢にぶら下がっております。

 当屋上菜園の住民の特徴をこのクコの実もしっかと受け継ぎ、鉢を購入して2、3年は不作続き。
 昨年は50個ぐらいは収穫したものの、粒がやけに小さいために、乾燥させたらしゅーんとしぼんでしまいました。
 漢方が謳う滋養強壮や眼精疲労緩和の効能も、これでは期待できそうもなく。
 それでせっかくの収穫物を放ったらかしにしております。

 ところが今年は実が大きくなりました。
 全長4ミリ、もっとも広い所では6ミリから7ミリという立派な体格。指で軽く押すとぷりぷりと弾力があります。

  
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 採れどきが、おもしろいんですよ。
 日に当てると赤い実が日光を通して明るくなり、茎からつながった中心部に黒影ができる。
 これが実の熟した印で、ちょっとひねるとするっと茎離れします。
 しかし日光の透過度が弱い実は、なかなか茎を離れようとしません。
 それで、当菜園の管理人たちは無理強いをせず、居たいだけ茎にいてもらうことにしています。


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収穫その2は
アピオスと里芋


 本来なら11月のうちに収穫すべきアピオスと里芋。
 「遅くなっちゃったし、里芋なんてまた葉が出ちゃったから収穫しないでこのまま育てる?」
 というおトキさんの寛大な心遣いと裏腹に、「掘ろう、掘ろう」とは冷酷無比なキッタンの返事。
 だって、昨年食べたアピオスは甘くて美味しかったし、一方、里芋に関しては昨年も時期を逸して収穫できなかったため、後悔の念が強いのです
 食い意地が張っているだけじゃないかって?
 いえいえ、観察者としての義務感(なんちゃって)。

 そこでクリスマスイブに二人してイモ掘り作業をいたしました。
 写真奥のウリ坊みたいな縞模様が里芋で、期待していたよりもはるかに小さいサイズ。
 全長が4センチ前後、幅が3センチ強で、一口大って感じですね。とりあえず12個収穫し、数個は種イモ用に。

 手前のもっとも大きいのがアピオス。
 (水玉模様になっているのは、入れ物の影が映っているためです)
 アピオスはイモではありませんが、サツマイモ風の甘さとメークイン風の食感をもっていて、とくに甘さのほんのり感がけっこう美味しいんですね。

 今年は全長、幅ともに8センチ近い大きなものが1個と、里芋よりほんの少し大きなものが1個、収穫できました。もっとたくさん穫れると思っていたので、やや当て外れでしたが。


 アピオスの実が少なかった理由の一つは、夏の間に花をたくさん咲かせてしまったこと。
 地下に蓄えるべき栄養分が全部、花に向かってしまったのですねえ。
 実を多く収穫したい場合は花芽を早く摘むべし、というのがこの植物の奥儀なんだそうですが、今年の夏は暑かったし、まあいいっかってな安易な調子でついつい花咲婆を決め込んだのが失敗のもとでした。
 

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 これはまだ咲き始。
 この手の塊が今年の夏は驚くほどたくさんついてしまったのです。

 花の付き方も独特。
 まだ数の少ないうちは、こんな具合にツルの途中に咲きます。


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 さて、もう少し載せたいものがあったのだけど、さっきからブログの調子が悪く、写真の添付等々の機能もうまく作用してくれないもので、今日はこの辺で。

 

 

  
 

 

 
 

  
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2011年11月26日

菜園オールスターズ186/そうだった、ヘチマは授かりものだった


空からの贈り物、ヘチマ

 わずか半年前のことさえ忘れてしまうとは、なんと情けないかぎり。
 昨日のおトキさんからのコメントを読んで、最近めっきりトロくなったキッタンの脳細胞の記憶をつかさどる部署がモソモソと動きだ、「おおそうだった」と思い出しました。

 で、出かける前にヘッチーの話の訂正をちょいと。

 そうだったのです。
 ヘチマは鳥の落とし子だったのです。
 我が家のそばの荒れ果てた土に見つけたのでした。
 その頃菜園で育て始めていたキュウリによくにた葉の形状。
 でも葉ぶりはこの落とし子のほうが断然よく、大きく。
 放っておくのもかわいそうな気がして、植木鉢に移し替えてやったのでしたっけ。

 キワーノ、オカワカメといった夏のグリーンカーテン候補者の中では一番頑張ってくれたけれど、やはり猛暑には勝てませんで、昨日も書いたように、葉を枯らし、茎だけ残って細々と命をつないでいたようです。

 もっとも、キワーノ、オカワカメも同様。
 とりわけオカワカメは秋の声を聞いてから元気を取り戻し、今、再び肉厚の葉を付けています。
 
 

 
posted by ゆのじ at 07:43| Comment(0) | TrackBack(0) | 屋上菜園記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2011年11月25日

菜園オールスターズ185/korya 菜園オールスターズ185/クコにヘチマに、こりゃあなんだ?


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今さらヘッチー

 今年の東京の気候ときたら、いったいどうしてしまったのでしょうか。
 当菜園では夏には暑すぎて花開くのを拒んだかに見えた朝顔が、11月の下旬になって小さな
花をポツリポツリと咲かせたりして。

 それに、ヘチマのヘッチーが今ごろご覧のような青々とした実を育んでいいるのだから驚きです。
 猛暑を緩和させるグリーンカーテンの一つとして苗を購入したヘチマ。
 夏のしょっぱなは結構頑張って、人間の掌よりも面積のある葉を付けてくれたので、お、これはかなりデキる奴かもと期待に胸ふくらませたおトキさんとキッタンでした。

 ところが8月になると「あたしゃ、暑さに弱いのよね」とばかりに活動停止し、葉の存在は思いっきり希薄に。
 そして9月には葉の大方が枯れてしまったもので、とっとと住居をひきはらっていただくしかないと表いたのです。

 そのヘッチーが息を吹き返したのは、気温25℃前後の日が続くようになってから。
 しかも雌花が続出で、他にもう一つ、ヘチマが育っております。

 webで調べたところでは、ヘチマの結実期は7〜9月ですから、当屋上菜園のヘッチーは言ってみれば季節外れの異端児ですね。
 ヘチマは繊維を生かしてスポンジ代わりに使うだけでなく、品種によっては食することもできるとか。
 さーて、そうなると収穫期が難しいですねえ。

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クコは粒が大きくなった

 若々しい朱色で秋の菜園に彩りを添えてくれているのは、クコの実です。
 毎年、薄紫の可憐な花が咲き、しかし、実は小さく少ないものだから、仕事柄、眼精疲労の著しいおトキさんとキッタンは、冬にはクコの実鍋で目に栄養をと思いながらも実現できずにいたんですが、今秋は実が大きめで、成長途中で落果もせず枝にへばりついていてくれている様子。
 この収穫と昨年の実(乾燥させた)でクコの実鍋でもすれば、疲れ目もた商家阪和されるでしょうかね。もちろん、熱燗も頂きたいですが。
 (ほんとはもっと寄って撮りたかったのですが、マクロレンズが壊れてしまい・・・)


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これ、なーんだ? 

 そうなんです。
 実はキッタンの中でも未だ「?」という疑問が50%ぐらい残ってる。
 はたして何なのだろうか、と。

 もとは夕顔でして。
 夕刻に白い花が咲き、翌朝までにはシュンと萎れ、その多くは朝顔のように結実せず(小さく結ぶもの出来るのだけど、すぐにポロリと落ちてしまう)。
 ところがこんな具合に親指よりも大きなものが出来る場合もありまして。
 

 しかもこれの存在期間が非常に長い。
 1カ月近くもこのような色、形、硬さの状態が持続します。。

 だからおトキさんと、これは一体何なのだろう、種なのかしら、それとも何か別のものなのかしらと、毎週土日にチェックしては首をかしげておりました。


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 と、23日でしたか。
 一つがやや枯れ色になり表皮が乾燥しているのにおトキさんが気付いたのです。
 「ちょっと来て、もしかして種かもよ」
 で、キッタンが指でつぶしてみましたら、中から「種かもしれない」粒が現れました。
 大豆のような色で、形はそれより気持ち小さめ。
 しかし、本当に種なのかどうか、現状では分かりません。
 「来年植えてみよう」とおトキさん。
 そう、まずは土中に撒いてみないとね。


 おまけの写真はブーゲンビリア。
 7日よりも一層、ピンクの群れが増えました。


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posted by ゆのじ at 00:32| Comment(1) | TrackBack(0) | 屋上菜園記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする