2009年11月04日

cinema et ca et la 9/「ラースと、その彼女」

○受け入れることの大切さ 

 さきほどはついつい空腹に負け、もっとも紹介したかった書籍『心』(ラフカディオ・ハーン・著)の話が駆け足になってしまいました。

 遅まきの昼食のあと、レンタルDVDで見た「ラースと、その彼女」がよかったので、ちょいとご報告。


 ラースという、人付き合いの苦手な青年がいて、一人でガレージに住んでいます。
 同じ敷地内の母屋に兄夫婦が暮らし、兄嫁は彼のことを心配しているのだけれど、ラースにはそれがちょっとうっとうしい。
 会社でも、だれとなく彼に女性社員とのデートを勧められるんですが、それがまた面倒で。

 ところが、そんな彼がある日、兄夫婦に女友達が来たと知らせに来ます。
 そこで二人が食事の支度をして出迎えると、なんと女友達は人形だったのです。それも、男性専用のリアル・ドール――。


 などと書けば、アブナイ話の展開を想像してもいたしかたないでしょう。
 そうでない作品だと前評判で知ってはいても、いったいどうストーリーを進めていくのか、出だしがここまで奇抜だと、尻すぼみになるのではないか、などと余計なことをあれこれ気にしながら観進めていったのですが、すぐにそれが杞憂だとわかりました。

 ハートウォーミング――普段なら使うのが気恥ずかしい言葉ではありますが、今回は、得意げに言ってしまおう。そんな作品でありました。


 なぜか。
 登場人物がみな、やさしいんです。
 これって、見ていて安心できますねえ。

 まずは女医さん。
 弟がイカレてしまったと思った兄夫婦(とりわけ兄)は、ビアンカ(人形の名前)が長旅で疲れているようだから医者に診せたほうがよいともっともな言い訳をして、翌日、彼と人形を病院に連れて行きます。

 すると、兄夫婦にとっても意外なことに、女医さんはラースの前で大真面目にビアンカを診察してあげるのです。
 そして、彼女の調子が良くないようなので、毎週、診察に連れて来てほしいと彼に言います。
 ビアンカという存在が彼自身を反映しているのだということを、彼女は早くも見抜いたわけですが、彼を病人扱いせず、無理やり治療をしようとするのでもなく、彼の心の屈託が消えるまで付き合っていこうというのです。
 
  
 
 お次は、町の人々。
 兄夫婦は教会のメンバーに弟のことを相談に行きます。
 最初は拒みかけた人も何人かいるのですが、結局、ラースをみんなで見守っていくことに同意します。
 その理由がちょっとおもしろいのですが、まあ、それは作品で楽しんでください。
 ともかく、ラースが人形を教会へ連れて来ると、生身の人間に対するように話しかけたりするのです。

 そして、会社の仲間たちも同様に。

 
   
 そうこうするうちに、ラースの抱えるトラウマのようなものが見えてくるわけです。
 たとえば、母親は彼の出産がもとで命を落としたこと。 
 父親はそれ以来、心を閉ざしがちになってしまったこと。
 それらを、ラースの心に影を落としていること。

 
 あるいは、自分一人では判断できない人生の壁。
 彼がお兄さんに「大人になるって感じたのはどんなときか」と尋ねていますが、そうした問題を簡単にクリアしてしまったり、それどころか皆が気にさえしない人間もいれば、ラースのように真剣に悩む人間もいるわけです。
 しかもラースの場合は、身近で手本となるべき父親が、多分、その役目を果たさなかったことも一因しているかもしれません。

 皆が彼にやさしいのは、ラース自身が親切でやさしく、それがために日ごろから皆が彼を好きだから。
 そして、町中が互いの顔を見知っている小さい社会だから。

 その前提が大人たちの無類の寛大なふるまいに説得力を持たせて嘘っぽくなく、うまい作り方だと感心しました。

 そうはいっても、精神的迷子の青年一人のために、町中がこぞって寛大になるなんてことは実社会ではありえない話。
 ですが、こうであったらいいと思わせるだけのリアリティを感じさせてくえるのも、この作品の長所ではないでしょうか。


 実は女医によるビアンカの初診の場面は、最初は滑稽にもバカバカしくも見えるのですが、直後に彼女の意図することが伝わってくると、ごく自然に受け止められるようになります。
 このしょっぱなでのエピソードが効果的で、のちに次々と出てくるその他の人たちの振る舞いも、大部分はほほえましく見えてくるのですね。
 これは、脚本家、監督、俳優陣の力量がそろっているからでしょうか。

 同時に、見る者も試される作品だよなあとつくづく。


 付け加えると、DVDの特典の女優、ビアンカについての関係者のコメントがよくできていて、これもお勧めです。

 さて、今度は夕飯だー。

 

  
  
posted by ゆのじ at 20:02| Comment(0) | TrackBack(0) | 映画とか何とか | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

クリスティの『リスタデール――』とか、ハーンの『心』とか

○まずはA・クリスティの『リスタデール卿の謎』

 なんという急転直下の冬模様!
 そのせいで、近年とんと老化の進んだキッタンの心身は、その急な変化についていくことがでいませんで、昨日から血圧上昇気味です。
 おトキさんも昨日は絶不調で「ネキリムシ退治」どころではなく。

 そんなわけで、文化の日はキッタンにとって、久々にうれしい読書デーとなりました。

 
 神経を使わず、気楽に読めるものはないかいなと、一昨日の夜、書棚を物色して手にしたのが、アガサ・クリスティの短編集『リスタデール卿の謎』(ハヤカワ文庫/田村隆一・訳)。

 クリスティを読むのは超久々で、この短編集もいつ頃読んだのか、そもそも読んだことがあるのかさえ記憶になく。


 で、12編の短編の中では、タイトルにもなっている1篇めの「リスタデール卿の謎」が一番印象に残っていますね。

 もとは良い暮らしをしていたのに、夫が投機に失敗したために”清貧”を余儀なくされているセント・ヴィンセント夫人とその娘、息子。

 安っぽい貸し間の間代さえおぼつかなくて困っているところに、上品な屋を破格の値段で貸すと新聞広告が出ているのを目にした夫人は、恐る恐るその屋敷を訪ね、気に入ってしまいます。
 住まいもさることながら、そこにいる執事に親近感をもったのです。

 ところが、この屋敷はリスタデール卿のもちもの。
 しかも、彼は失踪してしまい、行方は杳として知れません。
 夫人の息子は裏に事件ありとほのめかしますが、結局、家賃の安さと居心地良さに惹かれ、一家はここを借りることにするのです。

 そうして、生活はすこぶる快適に営まれていく。
 わずかな家賃しか払っていないのに、きれいな花が届いたり、おいしい食事が供されたり。ふーむ、ますます怪しい。何かあるのではないか。
 そこで、息子が調査に乗り出すと・・・。

 クリスティの作品を何篇か読んだ人なら、途中で結末のおおよその見当がついてしまうというわかりやすい展開ではありますが、読んだあとで心の中に明かりがともり、人間の性善説を信じてもいいかなと、そんな気持ちになれる作品です。


 そして、他の11編もこの作品と同様に、ミステリーというよりはミステリーを味付けにしたロマンスやハッピーエンドの掌編。
 ちょっと都合よすぎる部分もあるけれど、読み終わって後味がよいという点では、良質のリキュールのごとし、でしょうかね。


 実はキッタン、若いころはクリスティーの作品が嫌いだったのです。 読み手に登場人物のほとんどを疑わせるよう仕組んでおいて、最後で足をすくうのがクリスティのやり方。
 もちろん、その手法はミステリの常とう手段ですから、他の作家も使っているわけですが、クリスティの場合は疑わせ方が顕著です。

 ですから、2,3編読むうちに、もう騙されないぞと小生意気なことを考えるようになりまして。
 そして、クリスティの鼻をを明かしてやろうとばかり、彼女が読者に疑いをもたせるような事情や人物を極力疑わないようにしながら読んだわけです。

 そうすると、全然、面白くない。
 当然でしょう、ミステリの魅力、とりわけクリスティの魅力は、小説の世界に入り込み、一緒になってわくわくドキドキする、そこにあるので、冷静に事件を分析するなんてことがしたいのなら、ミステリなぞ読まず、現実の事件を検証したほうがいいんでね。
 
 さすがに12編を続けて読むと、似通ったプロット、似通った手法が繰り返されていて飽きる部分もありますが、一気にではなく少しずつ読めば、12通りの微妙な味の違いも楽しめるかもしれません。
 
 それにしても、ここ何週間かのうちに日本で起きたいくつもの殺人事件のことを思うと、クリスティのこのミステリー短編集の世界のなんとのどかなことか。
 
 そして、つくづく思います、いったい日本人はどうしてしまったのだろうと。

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○『心――日本の内面生活の暗示と影響――』
 (岩波文庫/ラフカディオ・ハーン・著、平井呈一・訳)


 10月の終わりごろに読了したのですが、大変、面白く読んだ1冊です。

 タイトルの副題にもあるように、ハーンという外国人の目で見た明治期の日本、および日本人観で、彼が日本の情緒的な部分に好意をよせているのが伺えます。

 たとえば冒頭の「停車場で」というエッセイ。
 警察へ引かれていく途中の殺人犯人が、自分が殺害した警官の妻子と対面するというハーン自身による見聞記です。

 列車で護送されてきた罪人に付き添った警官が、駅の人ごみの中で、被害者の妻子を呼んで、わざわざ罪人と対面させる。
 しかも、警官は奥さんにではなく、まだろくに物事のわからない4歳の子供に話しかける。
 いわく、「この人が坊ちゃんのお父さんを殺した男である」と。
 すると、これに呼応して罪人が、その子に申し訳ないと涙ながらに謝るのです。

 小説仕立てであるならば、なんじゃ、このお涙ちょうだいな話はと突っ込みたくなる内容ですが、ハーンはむしろ、驚き、感心さえしている。 
 そんな風に、「自分も人の親であるという観念、どんな日本人でも、その精神のうちの大部分を占めている、わが子に対する潜在的な愛情、これに訴えて、罪人の悔悛を促したという点」が実に東洋的だというのですね。

 この一件については、彼はそれ以上突っ込んで考察をしていませんが、後に続く何篇ものエッセイの中で、こうした情緒を西欧では失ってしまっており、それが物質文明や拝金主義、一神教に原因があるといった意見を折にふれて述べています。
 今になって読めば実に警告的な内容ですが、残念なことに明治期からの日本は、ハーンの警告を無視し、彼が西欧について嫌っていた部分を積極的に吸収し続けたようですね。

   
 個人的には「前世の観念」、「先祖崇拝の思想」が興味深く。
 ハーンは神秘主義を好む傾向があったとあとがきで書いていますが、この2編では、科学的に日本人の観念を分析する試み。
 それが現代の科学を先取りしていて、ハーンの明晰さ、先見性に感心しました。


 ハーンといえば『怪談』がおなじみですね。
 クレオールを題材にした小説も書いて、これもなかなか読みがいがありますが、異国のエキゾティズムに惹かれての文筆活動かと、軽く見ていた傾向あり。

 ところが本書では、「あみだ寺の比丘尼」、「きみ子」などでは小説家の視点、「門つけ」や「旅日記から」では民族学者、社会学者の視点、というように、ハーンの内包するさまざまな才能が伝わってきます。
 こういう優秀な人材が明治期の日本を訪れていたことにも、改めて驚かされます。
 彼は日本については、「霊の日本」、「神国日本」なども記しているとのこと。時間があれば、ぜひ読んでみたいものです。

 さて、これからランチ!!
 
posted by ゆのじ at 13:50| Comment(0) | TrackBack(0) | 読書感想 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2009年11月02日

菜園オールスターズ128/ひたすら続く根切虫との仁義なき戦い

○毎週末はネキリとバトルのおトキさん

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 月日の流れの何と早いことか・・・と毎度のようにぼやいている気がいたします。
 実際、早いですよ。なーんにもしていないかのようなのに、気がつけばもう11月ですからねえ。

 しかし、外見上何もないような菜園には、実はいろいろありまして。

 まずはネキリムシ。
 
(余談ながら、タイトルでは漢字なのにここでカタカナを使っているのは、漢字に変換するのが面倒だから。
 雑誌のお仕事でこういうアバウトなことをやると、あとで大問題になりますが、ここではどうぞお許しを。)





 ネキリムシはずーっと、菜園の管理人たちを悩ませつづけておりまして。
 とりわけ、9月後半からこっち、ひどいもんですよ。

 たとえば、水やりの途中でキッタンの「鉢土の様子がなーんか変だな」センサーに、引っかかる鉢がある。

 で、「まさかねー」なんて軽い気持ちで植物を引っ張りますと、あのずるっといやな手ごたえとともに、植物が根から抜けてくる。

 そこで、念のために土をホジホジすると、濃茶色の土の間に現れるのです。

 クリスタルのように輝かしい透明さで、超薄型ビニールのようにしなやかに表面を波打たせたボディーや、ややクリーム色に変色した恐ろしいほどたくましいボディーが。

 もう見慣れているはずなのに、これが土の間から姿を見せた瞬間のおののきといったらありません。
 植物への同情もさることながら、これから繰り広げなければばらないバトルのことを思って。


 しかし、ここ2か月ほどのキッタンは、取材と原稿書きで平日、土日ともにネキリムシとのバトルは延期状態。
 そこで、おトキさんがウィークエンドの休日をすべて、ネキリムシとの果てしなき戦いに当てることになったのでして。

 
 週日は勤務先でこき使われ、金曜日の夜には文字通り体力気力が尽きかかったおトキさんは(まあ、年のせいもあるけどね)、せめて週末は菜園で草花に癒されたいと思っている。

 ところが、菜園で待っているのは癒しではなく壮絶なバトルです。
 しかも、土日でどうにか片づけたと思えば、翌週末にはまたまた、ネキリムシの餌食となった鉢やプランターがいくつも出てきている。

 そのうえ、最近、脳みそスカスカ状態のキッタンは、1600文字程度の原稿書きにうんうんと唸ってばかりで、さっぱりバトルに参加してくれない。


 そんなこんなで、おトキさんは、夏から秋の間、麦藁帽子にタオルで頬かむり(日焼け予防のため)、ある日は強烈な日射にやられ、あるときは無理な姿勢での戦いに坐骨神経痛を発症しつつも、右手にはネキリムシを摘み出す箸を持ち、何百匹もひたすら退治をし続けたのでした。 
 そして、昨年だったら10月の終わりには片付いていたはずのネキリムシ退治が、これからしばらくは続きそうだと知ったおトキさんは、ついに「いったい、私たちは何のために菜園をやって0いるのかしらね」」とぼやいたものです。


○ネキリは大豆が好きらしい

 ネキリムシが、なぜこの菜園に異常発生しているのか。
 おトキさんが調べたところによると、どうやら、枝豆を植えているのが原因ではないかと。
 というのは、ネキリは大豆を好むらしいのです。

 屋上菜園では、昨年にも増して枝豆の栽培に精を出し、大プランターで3つ、それ以外にも残りのタネをあちこちに撒くというようなことをしておりましたから、ネキリの親のコガネムシたちは、一族繁栄に願ってもない場所を見つけたと大喜びしたに違いありません。

 キッタンには、緑がかった金色の背中を太陽の光に輝かせながら小躍りしているコガネムシ一家の姿が目に浮かんできます。
 
 

 事実、枝豆の大プランターもネキリの根城と化しており、とりわけ、丹波黒豆がやられていました。
 
 それなら、大豆を作るのを諦めようか。
 「冗談じゃない。私は来年も作りますからね!」とおトキさんが声も高らかに宣言いたしまして。
 それで、来年に向けての対策を考えることにいたしました。


○ニーム液と熱湯地獄 

 予防対策としては、ニームの葉を煮出した液を土に混ぜる方法をとりました。
 ニームはご存じの方も多いことでしょう、植物の成長開花などの促進効果があるとして、肥料や栄養剤などに配合されていますね。
 おトキさんが調べたところ、防虫効果もあるとのこと。

 それで、まずはニームの鉢を購入。
 その枯れ葉を集めて煮出した液を10倍程度に薄め、ネキリムシとのかつての戦場、つまり退治を終えた土に噴霧して混ぜ込みました。


 一方、多勢に無勢の余り、戦い半ばで放棄していた戦場、および、新たに敵を発見した鉢には、熱湯をかけるという強硬手段に出ました。
 それというのも、10月後半から現れるネキリムシは、非常に小さいものが増えまして、外見は透明ながら中がほとんど土色なので、土と同化してしまい、見つけにくいのです。
 
 思うに、これらは今年育ったものではなく、秋になって孵化したものではないでしょうか。
 そして、冬ごもりのあと来年の春ごろから、根を食い荒らす兇徒へと成長していくのではないでしょうか。

 ということは、まだ孵っていない卵が土中深く眠っていることも考えられます。

 彼らも含め、ネキリムシ一家を一網打尽にするには、熱湯で攻める方法がベターである――とおトキさんがインターネットで調べをつけました。
 それで、残酷ではありますが、熱湯で責めることにしたのです。

 ニーム液も熱湯地獄も、現状での効果はわかりませんで、来年のネキリムシの出没度で判断するしかありません。

 それに、ネキリムシとの今年の戦いはまだ幕を閉じたわけではなく、数鉢には敵が潜んでいることがすでに判明しております。
 明日が晴れか曇りなら、決戦の火ぶたが切られることでしょう。
 もちろん、そのときはキッタンも参加。割りばし二刀流の実力をいかんなく発揮し、かつ熱湯攻めの先陣もつとめる覚悟(って、大河ドラマじゃないのに)。

 とはいえ、このバトル、菜園を続ける限りは避けるととができないのでしょうか。
 さすがに殺生しすぎているんじゃないかと、後ろめたくてねえ。




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○ネキリだけじゃない、菜園の天敵

 ”勝手にプチトマ子”の果実に、太めのキリで刺したような深い穴があいているのをときどき見つけます。

 どんな奴の仕業だろうと気になっていたのですが、先日、ついに犯人を現行犯でしょっ引きました。
 おデブな青虫でした。

 ひとつの実を食らい尽くしてくれるのなら、たまには大目に見てやってもいいかなんて思うのですが、どの実も1か所以上は穴が開いていることはありません。
 
 食い散らかしは許せない!
 かくして、この青虫にはあの世へ逝ってもらいました。
 ああ、また殺生しちまったなあ。


○お口直しにパインセージ

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 10月の後半から、花がたくさん付きはじめたのが、このパインセージ。
 葉に触りますと、名前のごとくパイナップルの香りがいたします。
 わが菜園にはパインミントもありますが、それよりももっと甘くやわらかな香りで心地よく、イライラしているようなときでも、この香りをかぐと、気持ちがなごんでまいります。


 最後のおまけはゼラニウムの花。
 日差しを浴びた花びらは、ラメ入りのルージュのようで、実に美しく。
 しかし、ゼラニウムはネキリの餌食になりやすいんですよねえ。
 
 
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posted by ゆのじ at 14:07| Comment(0) | TrackBack(0) | 屋上菜園記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2009年10月22日

地デジのアンテナ、どうしてますか?

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○どうすりゃいいのか、地デジのアンテナ

 大変オマヌケな話ですが、ちーと困っておりまして。
 地デジのアンテナをどうするかってことなんです。

 母屋にある両親の茶の間のテレビが壊れまして。
 購入して5、6年。そんな程度で寿命がくるのかと、最近の電気機器のひ弱さに呆れるばかりでありますが、それはさて置き。

 
 どうせ地デジ対応のテレビを買うのなら、この機会に地デジを見る環境も整えたいと思うものですよね。

 ところで、この家は大ざっぱに言うと3階戸建ですが、お隣にドーンと12階建てのマンションが建っており、これが、昔からこの界隈に住む家々のテレビ電波の受信障害を引き起すため、当家も含めた数軒が、マンションからアンテナの分配を受けている状況なのですね。
 
 
 で、まず、このアンテナが地デジに対応しているのかどうかという問題があります(すでにマンション内で地デジ対応のテレビを使用している住民がいるから、アンテナもそれに対応しているのではないかとの憶測が界隈を駆け巡っている)。

 対応していない場合、自前で立てるべきなのか、電波障害を事前に考慮して、アンテナを分配してもらうべきなのかという問題もある。
 その場合、こういうご時世だから、どんな企業も経費削減にやっきになっているはずで、はたしてマンションの管理会社がどう出てくるかという問題もある。
 

 地デジ用アンテナについてインターネットで調べてみますと、必要な機器、立てる場合の方角などについての簡単な図と解説、さらには高層ビルの有無などの状況によって電波の届き具合が異なるので見えにくい場合もある、といった添え書きまではあるのですが、具体的に、処処の事情を抱えた家の場合はどうすればいいのかまでには、当然とはいえ踏み込んでいません。
 ですから、わかったようでわからない。
 総務省のサイトでもあいまいです。
 
 そこで、総務省のサイトに記載されていたお客様用の窓口に電話をして尋ねました。


○総務省は教えてくれない

 電話しますと、
「ナビダイヤル、担当××でございます」と女性。
 へええ、今では官庁のお客様窓口も家電メーカーのサポートセンターと同じようなことを言うようになったかと、一瞬はおもしろく思いました。が、いや、待てよ。
 ってことは、この窓口は外郭団体とか企業とかに委託されてるってこととだよなあ。

 さて。
 隣に高い建物があるがアンテナを自前で立てて地デジが見られるかどうかを単刀直入に聞くと、「そうですねえ。お隣がそういうことですと、ちょっと、どうでしょうか」というような返事でした。

 ところで、この窓口の特徴は、積極的かつ具体的に地デジアンテナの立て方を説明をしてくれるのではなく、こちらが尋ねた問いに対して、一般的なことを答えてくれる点にあるでしょう。

 電波障害の問題がありアンテナが分配されているので、地デジ用も隣から分配してもらったほうが電波の受信が確実なのかどうかを尋ねますと、そういう方法もあると言葉を濁したうえで、その場合には、マンションに強制できる法律がないので、あくまで話し合いをしていただいて、といった説明をしてくれました。しかし、これって新設というよりも、総務省はそういう問題には関与しないので、勝手にやってちょうだいね、と言っているように聞こえません?
 
 さらに、では、マンションで断られた場合はどうすればいいのか、自前で立ててどれだけ受信できるのか、どうすれば自前のアンテナで確実に見られるようになるのかと尋ねると、確実に受信できるかどうかは周囲の状況で異なるので、まずは最寄の電気屋さんなどで、どの程度の電波がキャッチできるか調べていただくのがよいかと・・・と、何とも他人任せな回答。

    
 テレビでは毎日のようにあちこちのチャンネルで地デジ化を喧伝するスポットCFが流れていますし、「詳しくは総務省にお問い合わせを」的な添え書きもあるから、総務省に問い合わせさえすれば、すっきり明解な回答が得られると考えていたのですよ。
 こちらの住所等を確認したうえで、その周辺は大まかにこういう電波状況になっていますよとか、お宅の状況から推して、AタイプとBタイプの方法があります的な、より精度の高いアドバイスをもらえるものと思っていたのです。
 なのに、アドバイスどころか、ますます疑問増大。
 これでは不安さえ募ってしまいます。

 でももちろん、電話窓口の担当者が悪いのではなく、多分、総務省がそういう回答でこと足らせているのでしょう。

 全国に何千万世帯とあり、その1軒1軒に合う個別の情報を提供するのが難しいことはよーくわかっています。
 でも、だからこそ、みなが知りたいのも、実は「ウチは大丈夫なの?」「ウチはどうすればいいの?」という個別の状況に対する回答なのではないのでしょうかね。

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○マンションからは分配打ち切り

 次に、隣のマンションの管理会社に電話で問い合わせました。
 すると担当者から、
 業者に周辺の調査をしてもらったところ地デジの電波には隣のマンションは影響しないと結果が出たので、地デジの受信は各お宅でしていただくことになった旨、年内に連絡するつもりであった、
 と言われまして。

 「でも、総務省に問い合わせたら、隣に高いビルがある場合はちょっと、とのことでしたけど?」と申しますと、担当者は「え? そうですか?」とほんのわずかに躊躇し(たようにキッタンには感じられた)、しかし、すぐに「でも、うちの業者は大丈夫だと言っています。ちゃんと、アンテナも立てて試しています」と付け加えました。
 こっちが「本当に家で立てれば見ることができるという結果がでいるんですね」と重ねて尋ねますと、担当者は自信たっぷりに「はい。そういう結果が出ています」
 
 自前でアンテナを立ててみて電波障害が生じた場合にはご相談してもよいかと問えば、担当者は明るくさわやかな口調で、分配終了のお知らせを配布する際には、新たな担当者名や連絡先も載せておくので、そちらにご連絡いただけますとの説明で、キッタンはさらに突っ込んであれこれ尋ねるための具体的なデータを用意していなかったことを悔やみつつ、そのまま電話を置いた次第です。

 それにしても、地元からあれこれ言われぬ前に、さっさと打つ手を考えているのだから、驚き。別な意味で感心しましたね。


○結局、どうすりゃいいのかね

 この問題だけに掛かりきりになっているわけにもいかず、テレビが壊れて2週間近くたった今も、地デジ・アンテナをどうするかについての結論が出ておりません。

 現実にはそんなに難しく考えることではなくて、テレビを買いに行って、ついでにアンテナ工事もお願いしちゃえば、あっさり片付く問題なのかもしれず。
 でも、それで済ましてしまうのもなんだか気持わるいんですよねえ。
 
 大手ディベロッパーや不動産会社が手掛けたマンション、住宅に住めば、何の苦労もなく地デジへと移行ができるのでしょう。
 が、キッタンの周囲のように、古い小さな家やアパートで細々と生活している人たちは、テレビひとつ見るのに、何やかやと頭を悩ませ、面倒な手続きをあれこれ踏まなければならないわけで。
 なぜ、こういう煩雑な手続きを、政府や総務省はは庶民に強いるのかなあと、ついつい文句を言いたくなるのですねえ。
 もっとも、政府といっても、前政権が決めたことですがね。
(地デジ化でおいしい汁を吸ったのは、誰なんでしょうね)
 

 余談ながら、キッタンの仕事場に10年ほど使ってきた14インチのオンボロなテレビがありまして、こんなものでも一時しのぎにはなるだろうと、両親の茶の間に貸出しました。
 結果、仕事部場にテレビがなくなったら、これが思いのほか快適で。

 テレビがあると、仕事中もつけっぱなしの「ながら族」。
 どうでもいいような番組も、ついつい見てしまいます。
 そして、だらだらと流されて、主体性なく時間を過ごしてしまっていたようです。
 しかし、テレビがなければ当然ながら読書も進むし、聴きたい音楽にも積極的に耳を傾けるようになる。仕事にも集中できる。
 なーんだ、テレビがない方がいいじゃないかと。

 では、お仕事。



 
 
  
 

 
posted by ゆのじ at 15:43| Comment(0) | TrackBack(0) | おしゃべり雑記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2009年10月15日

菜園オールスターズ127 /秋でも頑張るトマトたち

●まずは今朝の来訪者たちから

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 久々に、朝から晴れ晴れとした青空。

 気持ちいいなあと思いながら菜園に出ましたら、お客さんが来てました。アゲハチョウです。
 葉や花にばかり止まるのかと思っていたらそうでもないようで、ベビー・ジョウロの先でまず一休み。

 それから、あっちへヒラヒラ、こっちへヒラヒラとさ迷ったあげく、かんきつ類の葉に落ち着きました。
 (レモンだっけか、みかんだっけか。何年も前に、食べ残りの種を植えたら、のろのろと育っておりまして。でも、何を植えたか忘れてしまった。やれやれ、トシだなあ)



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 アゲハチョウというのは非常に警戒が強く、ほんの少し距離を縮めただけでも、今いたその場から離れてしまいます。

 ところが、この夏訪れたアゲハチョウたちはどれも不思議と人懐っこいんですねえ。
 葉に止まっているところへ近づいていくと、捕らわれまいとするのかすぐに飛び立ちはしますが、遠くへ逃げ去ることはなく、つかず離れずの適度な距離で、キッタンの回りをゆっくりヒラヒラと飛んでいるのです。
 しかも、キッタンが動けば、それについて来るという具合で。

 いつだったかは、おトキさんとキッタンがアゲハチョウをいくら追い払っても菜園から出て行かず、2人の周囲を遠巻きにくっついて来たことがありました。
 「誰の化身なんだろうね」とおトキさん。
 「え?」
 「だって、蝶って誰かの魂だって言うじゃない? 誰かの魂が人恋しがって、蝶に姿を変えてやって来るんだって」
 そういえば、そんな話を聞いたことあるなあ。

 「誰が私たちに会いに来てくれたんだろうね、このアゲハチョウになって」
 「うーん。おばあちゃんかなあ。今年もおばあちゃんの墓参りに行っていないからなあ」

 今日のアゲハチョウは、誰の化身なのでしょうね。


 
 来訪者はまだいますよ。
 こちらは雀のスーちゃんたち。

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ここ数日は、朝っぱらからスーちゃんたちがよくさえずっておりまして。
 秋だなあとつくづく感じるのは、スーちゃんたちがよく肥えてきていること。
 最近、ついつい食が進んでいるキッタンとしては、彼らを見るたびに自戒するのですが・・・





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●台風を乗り越えたトマ太郎

 先週の台風はヒドかったですね。
 菜園中を荒らしまわり、3階のイチゴ棚のイチゴの鉢は3分の2も落下。
 プラスティックの鉢がすっぽ抜けてしまっていたものも少なくありませんで。
 それに、ほとんどの植物では、葉の周囲が茶色く変色していました。 そんな中で、台風にメゲず、がんばってくれたのがトマ太郎の果実。
 5個すべてが残りました。
 辛い思いをしたんでしょうか、妙に”筋肉質”ですが、マイペースを崩すこともなく、ゆっくり大きくなっています。


●野イチゴも地道に

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 われらが屋上菜園で、万年果物屋さんと化しているのが野イチゴ。
 せっせと実をつけてくれています。
 前に書いたかもしれませんが、イチゴもずーーっと花がついていまして、8月ごろまでは、来春の収穫にさし障らぬようにと切り落としていたのですが、あまりによく咲くので、ついにそのまま放ってしまいまして。
 ところが、先日、3個収穫して2個をおトキさんと味見したら、これが美味しいんです。
 やや酸味が勝っているけど、味は濃厚。思わず二人で顔を見合わせ、「夏でも美味しいんだ」と驚いたのでした。

 しかし、売れっ子タレントさんみたいに休みなく花を咲かせていたのでは、過労で来春は力尽きてしまうんじゃないと心配。




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 おまけは、今朝のスカイツリーです。
 いやあ、伸びた。










 
 

posted by ゆのじ at 14:56| Comment(0) | TrackBack(0) | 屋上菜園記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2009年09月28日

菜園オールスターズ126/続・ネキリムシとの仁義なき戦い唖然ボー然編

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●すいません、前振り

 こらー、ブログなんか書いてないで、仕事をしろー!
 そんな声がどこぞから聞こえてきそう。
 おっしゃること、よーく分かっております。
 今ごろはひっちゃきでお仕事していなくちゃいけないキッタンなんですから。

 でもねえ。
 前に書いたかもしれませんが、洗濯物を干したり、菜園に水をやったり、いわゆる家事もろもろを済ませ、イチ段落した10時半から11時辺りは、軽い疲れが出てくる、いわば魔の時刻なんですねえ。

 でもって、とろりとした眠気もひたひたと。
 PCに向かっても、なかなかこの眠気が逃げて行ってくれません。
 イギリス人は職場にいても午前10時頃にはティータイムを取る習慣があります(今もそうかどうかは知らないけれど)。
 朝から仕事していればそのころには疲れが出てくるのを、イギリス人はよくご存じと見えます。
 ただし、キッタンの場合は、さっきからアイスコーヒーをガブ飲みしているんだけど、なかなか集中力が戻りませんで。
 それで、ちょっとブログに立ち寄った次第。


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●戦々恐々の毎日


 さて。

 先日、大プランターに56匹のネキリムシがいたって話をいたしました。
 今となっては、それも笑い話にすぎません。
 なんたって、あれからほとんど毎日のように、ネキリムシと闘っているのですから。

 勝手にトマ子の大プランター2個、ナスのトールポットのネキリムシとのバトルを終えたのもつかの間、モッコウバラがやられているのを、あるひキッタンが発見しました。

 彼らのビュッフェと化したのは、直径30センチ以上ある大きな素焼きの植木鉢です。
 ある日、キッタンがひょいと鉢の表面に目をやると、わずかではありますが、土がボコボコと波打っているではありませんか。
 おかしいな。いつもなら、土がカチカチ、とまでは言わなくても、乾燥して固まっているように見えるのに。

 それで試しに人さし指で土表面を押してみると、ズブッと指先がめり込んでしまいました。
 こっち側はどうだろうかと、別のところを押すとズブッ。
 あっちもズブッ。
 そんな風に指が入ってしまうほど土が柔らかいってことは、つまり、根が張っていないということです。
 しかし、ことモッコウバラに関しては、根が張りすぎることはあっても、土が余るなんて状況はありえません。

 キッタン、ぞっとしました。
 ネキリムシの存在はもちろんですが、ツル性のバラですからね、フェンスに伸びているツルをほどいて、どでかい鉢から株を引き抜くのが大変な作業なんです。

 キッタン一人では、処置することはできず。
 また、下手にホジホジしてモッコウバラを弱らせてもいけません。
 それで、休日におトキさんと一緒に確認することにしたのでした。
(注:ホジホジするとは屋上菜園用語で、ネキリムシを割りばしでほじくり出す作業のこと。幼児語ではない)。


 で、やっぱりいたんですねえ、ネキリたち。
 何匹だったか覚えていないけど、10匹、20匹なんてケチな数ではありませんでしたねえ。

 しかし、これが凶兆となり、次から次へと、あちこちの鉢やプランターの土が、波打ち始めたのです。
 
 多少、日を前後しますと、
 まず、ブルーベリー。冒頭の写真がそれです。
 比較的、早く気づいたので軽傷でしたが、それでも茎の真下、根の太いところに食らいついて、肥えまくっていたネキリが数匹いました。

 他には、
 るこう草、
 朝顔の小プランターが3鉢ぐらいか、
 ふうせんかずら、
 四葉クローバー1鉢、
 ミント3鉢、
 ミツバ1鉢、
 野イチゴ2鉢、
 さらには、寝かせておいた大プランターの土からも・・・

 残念無念どころか、歯ぎしりしたいほど悔しかったのが、夏に収穫した枝豆の大プランターがやられていたこと。
 枝豆を植えた土は土質がよいので、おトキさんが秋野菜の種をまくのを楽しみにしていたのです。
 で、おトキさんがシルバーウィークの初めごろに、そろそろ種まきの準備をと、このプランターの土を返したところが、にょっきり出てきた野太いネキリムシ。
 いいようのない絶望感が、おトキさんとキッタンの胸を襲ったのでした。

 どの鉢も、巨大といってよい虫もいれば、もしや夏に見かけたコガネムシの産み落とした卵が孵ったのだろうかと思わせるような、1センチに満たない小さいものもいて、とりわけ小さなものは表皮がテカテカと光って潤いたっぷりな感じ。まだ赤ん坊なのでしょうね。
 しかし、彼ら自身に悪気はなくても、菜園の管理人としてはあの世に行ってもらねばならず・・・。
 
  
 あとで、おトキさんがインターネットで調べた限りですと、ネキリムシの親、コガネムシは大豆の葉っぱが大好きだそうな。
 どうやら、おトキさんとキッタンが、「自前の枝豆でビール」なんて甘ーい夢を見ながらせっせと枝豆を育てていた間に、コガネムシたちはその葉を狙って、集まってきていたのかもしれません。

 シルバーウィークが終わっても、毎日のように怪しげな鉢が出てくるもので、先週末にはホジホジ必須の鉢がけっこう溜まってしまいました。

 しかし、キッタンには原稿書きがあったため、おトキさんは土日の休日はすべてホジホジ作業とフルフル作業に終始。
 昨日の作業後はへとへとになっていたようです。
(注:フルフルするとは屋上菜園用語で、ネキリを取り除いた土をふるいにかけ、小さな虫が残っていないかどうかを確認すること。または収穫後の土を半年から1年寝かせて再使用するために、ゴミや雑草を取り除いたり、石と分別したりする作業)
   

 それにしても、コガネムシってなんて多産系なんでしょうか。
 

 今日は大丈夫と思っていても、翌日になると土表面にかすかな凶兆の現れるのが、ここ数週間。
 それで、今ではキッタンは、菜園に出るたびに怪しげな様相の土を指で押しては、安心したり不安になったりしております。

 実は今朝も、デンジャラスな鉢をいくつか発見。
 仕事もしなければいけないので、あえて目をつぶった次第。


●口直しはイチゴミルコ


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 鉢のサイズを変えていないので、スネて咲かないんじゃないかと書いた、ピナフォアのイチゴミルコちゃんが、先週から咲き始めました。

サーモンピンクがかったピンク色と、練乳よりちょっと濃い黄色の混じり具合がなんともいい、イチゴミルコ。

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 買った当初は背が低く茎も細く、花の重さに負けて前屈してしまったり、風に吹かれて折れてしまうというひ弱さだったのですが、今年は背丈が伸びまして、花が複数ついてもへこたれることがありません。






●ついでにトマ子も

 9月後半になって俄然、元気になったトマ子(品種はトマ太郎)。
 夏の盛りには葉が黄色くなってしまったこともありました。
 あのとき、「こりゃだめだ」と抜いてしまわなくてよかった。

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 奥のトマトがこの株の初結実。
 ゴルフボール大ぐらいにはなったでしょうか。
 プチトマトと違って、この状態から食べごろまで色づくのに、かなり日数がかかります。 
 それまで、暖かくお天気の良い日が続いてくれるといいんですが。

 ところで、大きい方ばかりに気を取られてうっかりしていたら、手前にも実が出来ていました。
 


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 これは、別の株についた実。
 へその緒ならぬ、花の亡骸がまだくっついていますね。

 冒頭の写真は八重咲きハイビスカス。
 今夏は不調で、蕾はたくさんできても、ほとんどが咲く前に落ちてしまったのですが、ポツンと1つだけ後になってできたこの蕾は、花を咲かせてくれました。


 さーて、お仕事、お仕事!
 








  
 

  
 
 
  
posted by ゆのじ at 12:44| Comment(0) | TrackBack(0) | 屋上菜園記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2009年09月18日

菜園オールスターズ125/トマトは秋のほうが採れるかも?

○秋の収穫はピーマンから

 つい先日まではノースリーブでも汗ダクだったのに、今朝は半袖でちょうどよく。

 秋ですなあ。
 ゲイジュツの秋、行楽の秋、食欲の秋。
 我らが屋上菜園は、収穫の秋を迎えつつあります。


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 ピーマンのピー子さんは、夏からコンスタントに花を咲かせ、実もそれなりにつけてくれておりまして、季節の変わり目の現在もご覧のごとし(これは16日の写真ですが)。
 花が小さいため、風で散りがちで、わりとリスクは大きいのですが、それでもある日突然、青々としたピーマンの実が葉の間からせり出して、驚かされることがありました。
 「ええ? いつの間に、こんなに大きくなってたの?」
 「そもそも、いつの間に花なんか咲いてたの?」
 ってな具合。

 明日には2個、収穫できそうです。
 
 シシトウも張り切ってまして、数えるのが面倒なくらい実がついています。
 「トウのたたないうちに収穫すれば辛くならないはず」とのアドバイスに従って、先日、まだ小ぶりなうちに収穫しましたら、なるほど辛くなく。
 味噌炒めで美味しくいただきました。
 
 もっとも、おトキさんもキッタンも味噌炒めに箸を出すのも、最初は恐る恐るだったんですがね。
 20個ほど炒めたものの、果たして本当に辛くないのかどうか確信がありませんで。
 というのも、以前、初収穫したシシトウを調理したときには、おトキさんが食べたシシトウはどれも辛くないのに、キッタンの選んだものは立て続けに超辛で、一口かじると、口中が大火事のよう。
 いかに激辛を好むキッタンもギブアップだったのです。

 それで、今回は1個づつ、慎重に選んで食べては、
 「おっ、OKだー」
 「これも辛くなーい」
 と、あたかもロシアンルーレットのシシトウ版。
 おトキさんもキッタンも、それぞれ1個ぐらいは辛いものに当たりましたが、前回のように口の中で辛さ炸裂、お水ガブ飲みという事態に至ることなく、無事に収穫の喜びを味わった次第です。


○苦難を乗り越えて育ったナス子

 ナスは夏の初め頃には調子が良かったものの、盛夏には夏バテしたのでしょうか、花が咲かず、葉も枯れがちでして、こりゃあもう終わりかなあと。

 ところが、気温が少し下がってきたあたりで花がつきました。

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 しかし、喜んだのもつかの間。
 どうも葉に勢いがないのです。
 そのうち、茎の根元、プランターの土がボコボコと浮き始めまして。
 まさか、まさか。
 それで茎を上に入っぱると、ズルッといやな手ごたえ。
 そうなのです、ナスのプランターが根切虫御用達のレストランと化していたのです。

 実は、この夏の屋上菜園は例年を大幅に上回る根切虫の増殖で、かなり危機的な状況にありました。
 ふつうだったら多少の水不足にメゲない青じそがどんどん枯れていくもので、もしやと思って調べれば、プランターの中は、まさしく根切虫天国の状態。
 66cm×33cm×26cm(高さ)の大型プランターとはいえ、キッタンが数えただけでも56匹の大小の根切虫が、シソの根を、形がのこらないぐらい食べちゃっていたのですからねえ。
 仕事を中断し、炎天下に座り込んで割りバシで1匹1匹、せっせとつまみ出すという、果てしもない作業を余儀なくされたキッタンは、日焼けしていた腕の黒みに拍車がかかり、皮膚科の先生に「どこか、リゾートに行ってらした?」と聞かれる始末。
 
 まあ、虫さえいなければ、この屋上菜園だって立派なリゾートなんですけど。


 話が脱線いたしました。
 せっかくナスの花が咲き、その花が落ちて実ができそうというときに根切虫の酷い洗礼。
 しかし、幸いにもまだ”根こそぎ”食べられていたわけではなく、茎を引っ張るとグズグズ揺れるといっても、まだどうにか土中で踏ん張っていられる様子です。 


 そこで、おトキさんは取り急ぎ、根の周囲の土を返して根切虫を見つけては退治するという応急処置を施しました。
 それが今週の日曜日のこと。
 効果があったようです。
 実が育ち始めました。
 今朝は1輪、濃い色の花が咲きました。
 さらにもう1個の結実が期待できますねえ。


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○トマ太郎は大器晩成か


 ”勝手にプチトマト”が夏の間、実だくさんだったのに比べ、全くやる気がなかったのが、トマ太郎たち。
 タネから始めて育苗し、もっとも育ちのよかったものを素焼きの鉢に、次によかったものを2株、トールプランターに植え、さらにさっぱり成長しなかった株2つを、それぞれプラスティックの鉢に植えました。

 やがて、素焼きトマ太郎は茎の成長もそこそこにいち早く花を咲かせ、実を2つつけたましたが、その他のトマ太郎は夏の間、ぐったりしまくり。
 とりわけ大きな期待を寄せていた、トールプランターの2株は成長しているのかいないのか分からないような具合でした。
 それどころか、葉が黄ばんだり縮れたりと、病気がちで、茎が太く背が高いのがせめてもの救いかと、まあ、諦めていえたわけです。

 ところが、9月の声を聞き、空気がやや涼しくなり始めたら、葉が青さを取り戻し、次々に蕾がつきまして。

 現状、結実したのは1個だけですが、花の勢いを見ていると、これからが、この子たちの旬かもしれない、なんて思えるのですねえ。
 気長にゆっくり、待つとしましょうか。


○セージが咲いています!


 枯れ葉が目立ち始めた菜園に明るい色を添えてくれているのが、セージたちです。

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 チェリーセージを日本に合うようアレンジしたピナフォア(エプロンという意味)。
 これはストリームというネームタグがついておりました。
 ストライプだったかな。
 でも、ストリームのほうがいい響ですね。
 ラインの現れ方がさまざまで、毎朝、楽しみ。



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これは同じピナフォアのレモン。

 ストリームと一緒に購入したのですが、その淡い色合いが株の性格を象徴するかのように、昨年は何となくひ弱な雰囲気で、あまり花をつけてくれませんでした。

 ところが、今年は俄然、張り切っています。
 夏前に一回り大きな鉢に替えたのがよかったのかもしれません。

 
 ちなみに、ピナフォアはもう1鉢、イチゴミルコと勝手に呼んでいるピンクとクリーム色がほどよく混じった品種もあるのですが、鉢を替えてあげなかったので拗ねているのか(ストリームも替えてやった)、まったく花の気配がありませんねえ。
 そろそろ、替えてあげなくちゃいかんなあ。


 アイラッシュリーブド・セージ。

 
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 明るい朱色で、ピナフォアに比べるとふっくらとしています。

 

 

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 そして、これがよくチェリーセージといわれる種類。

 写真の露出がよくないもので、分かりにくいかもしれませんが、上のセージのようなオレンジ系の赤ではなく、臙脂がかった鮮やかな赤い色をしています。
 花びらの下のエプロンの部分が大きいのが、ピナフォアやアイラッシュリーブドとの違いでしょうか。
 この菜園に花数の少なかったころは、この赤い色がずいぶんと目を楽しませてくれたもの。
 すでに木化しており、今年は花の前の時期に枝の多くが枯れてしまいました。
 そこで思い切って切り戻ししたところ、大きな花が咲きました。

 余談ながら、この「切り戻し」って難しい。
 切りすぎると花や実がついてくれないし、可哀そうがって切らずにいると、かえって衰えていくし。


 このほかに、屋上菜園には赤と白のツートンのチェリーセージもあるんですが、古い株なもので、1つ咲いては、えんえんと沈黙を守り、また1つ咲いては沈黙を続け、ってな状態。

 今年、株分けをした2鉢はやや若さを取り戻しておりまして、白い花を咲かせています。


 さて、ただ今、おトキさんよりメール。
 朝の出勤前に「今日はイレギュラーな仕事で忙しく、残業が何時まで続くか分からない」とボヤいていたのですが、段取りが狂ったようで、残業、予想していたよりもずーーっとかかりそうだとか。

 おトキさんも、残業予定の皆さんも、あんまり無理をしないでねー。
(キッタンはこれから洗濯物を取り込んで、両親を病院へ送りだして、風呂掃除をして、買い物に行って、原稿を書いて・・・あれ?仕事の順位が低くないかって? 老親と同居するとこうなっちゃうんだよねえ)


 オマケは、水曜日の訪問者。

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posted by ゆのじ at 13:42| Comment(0) | TrackBack(0) | 屋上菜園記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2009年09月16日

愛知県豊川市で、稲吉オサム展

○袖知り合うも他生の縁か
 「黒の器」展の案内届く


 今週末からはシルバーウィークだそうで。
 そのシルバーウィークのはじめに作品展を開くとのお知らせが、稲吉オサム氏から届きました。
 オサム氏よりはオサム君と言ったほうがしっくり来る、ユニークな青年陶芸家です。
 うーん、行きたいけど愛知県はちと遠いなあ。
 それに、この連休は新潟や栃木に取材が入っちゃってるしなあ。

 そんなわけで、取り急ぎ、告知のお手伝いはさせていただこうと、ただいまブログを書いている次第です。


 ○黒の器 稲吉オサム展

 期間:9月19日(土)〜27日(日)
 場所:〒442-0823
     愛知県豊川市正岡町胡麻田726
     ligne roset toyokawa リーン・ロゼ トヨカワ
 時間:10:00〜19:00(期間中無休)
 TEL:0533-80-2345


 もし、お近くまでお出かけになる方がいらっしゃったら、ぜひ足をお運びくださいまし。


○そもそもの馴れ初めは・・・

 ところで、ちょっとだけ時間があるので、稲吉オサム君との馴れ初めを少々(って、長いよ)。

 5月の末、愛知県にあるT工務店さんの取材に行きました。
 最近は、木の家だとか、自然素材の家だとか言いながら、いったいどこの国の木を使ってるんだよ、とか、防腐剤に化学薬品を使用しておきながら自然素材もないもんだろう、などと突っ込みを入れたくなるハウスメーカーも少なくないようですが、T工務店さんは地元の山で取れる杉や檜の無垢材を使って、昔ながらの木組みで家を建てています。

 木組みって何? 
 無垢材ってホントはどうあるものなの?
 みたいな興味の湧いた方は「チルチンびと」(風土社)という雑誌をご参考に。
 と、宣伝めいてすいません。

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 その日の取材は、まず工務店さんの建てたお宅から。
 築4年を経てほんのりと無垢材が色づいた住まいを拝見し、家族の皆さんのお話を伺うのがキッタンの仕事であります。

 合掌造り風の立派な3階建てで、柱や梁は無垢材をダイナミックに使用。
 その一方、欄間の細工から建具の桟の1本1本までが実に緻密に作られていて、日本人というのはなんと器用であろうと、つくづく感心いたします。

 こんな立派な家に住んでいるのに、ご家族が皆さん気さくで、奥さん、お母さん、お嫁さんが撮影の合間に一緒になって台所に立ち、手際よく調理してくださったのが写真の茶請け。
 遠慮なくゴチになりました。
 素材の味が生きていて、お世辞抜きで美味しかったです。
 

 次に向かったのは、やはりT工務店さんが手がけたお宅。
 

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 余談ながら、そこまでの道のりに山あり林あり、さらにはこんな棚田もありまして、工務店の社長さんが「ここは私のお気に入りの景色なんですよ」と、途中で車を停めて見せてくれたのでした。

 山間を切り開いて、こんな風に利用する。
 でも、まわりの木を根こそぎ抜いてしまったりはしない。
 便利さもほどほどでいいではないか。
 そんな先人の知恵を感じさせる、素朴ですが美しい景色です。
 

 そうして、目指すお宅に到着しますと、仲間が集まっていました。
 実はこのお宅は念願の田舎暮らしを実現したご夫婦の住まいでして、田舎暮らしをしたい人たちの応援をしようとご主人は「田舎暮らし隊」の隊長をしています。その隊員が集まってくださったというわけ。
 T工務店の社長さんもこの隊員で、単に家を建てるだけでなく、田舎暮らしを応援しているのだそうな。

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 で、このお宅。
 山道のどん詰まりで人里離れていますが、そのかわり文字通りの自然に囲まれ、眺めは抜群です。
 自然を友とする暮らしを夫婦ともに楽しんでらっしゃるのが、話の端々から伝わってきます。

 で、また、食べ物の話で恐縮ながら、そこで出していただいたのが、写真の草餅。
 奥さんの手作りで、ほうばの葉で包んでいるのだそうです。
 東京ではこういう草餅にはお目にかかったことがなく。
 地方には地方の、さまざまな工夫があるものですね。
 
 
○鳳夢窯の助っ人、オサム君

 と、どうも話が横にそれてしまっていけません。
 そろそろ、肝心の人に登場してもらわねば。

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 T工務店の登り窯。4段の本格的なものです。
 あるとき、お施主さんに何をしたいかとアンケートを取ったところ、もっとも多かったのが陶芸だったそうな。
 たまたま地元に使わずに放置されていた窯があったことから、それを買い取って自分たちで補修し、「鳳夢窯」(ホーム窯)という窯を開いて陶芸サークルを立ち上げました。

 このサークルはお施主さんだけでなく誰でも参加可能で、取材に伺った日も、「新聞の告知を見て参加して1年以上。家は建ててないの」という人も来ていました。

 で、このサークルのお手伝いをしているのが、稲吉オサム君なのです。

 ヘアスタイルこそパンク気味ながら(あとで足元を見たら、靴も斬新だった)、ベージュの地味な作業服上下姿でサークルの人たちとおしゃべりしている姿は、アーティストよりは地元のお兄ちゃんといった雰囲気(失礼)。
 工務店さんからは陶芸家と紹介されたので、「作家さんなんですね。どんなものを作っているんですか」と尋ねると「いやいや、とんでもない」と謙遜しまくりで、冗談ばっかり言っていたのが印象に残りました。
 
 ところが実際には、しっかりと作品を創り貯めていたのですねえ。
 しかも「黒の器」とは。

 お知らせでいただいたはがきの写真によれば、本当に黒い器で、その形はわざとなのでしょうが、不整形をしています。
 彼のどんな思いが込められているのか。
 あの、絶え間ない照れ笑いの向こうに、どんな情熱があるのか。
 気になりますねえ。

 
 ついでながら、この日の帰りは、「鳳夢窯」のすぐそばに飯田線という、1時間に1本程度しか走っていないローカル線の駅があり、鉄道ファンのカメラマンさんと編集者さんとともに、この線に揺られて豊川へ出ました。
 下の写真は駅ビルか何かで食べた、味噌田楽定食。
 って、食べ物の話ばかりじゃないかって?
 むむむ(返す言葉がなくて困っているキッタン)。
  
  
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 蛇足ながら、この工務店さんの取材記事は「チルチンびと別冊26号」に載ってマース。
  
 

 

 
 
 
  
posted by ゆのじ at 12:00| Comment(1) | TrackBack(0) | 仕事のオマケ | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2009年09月15日

cinema et ca et la 8/「画家と庭師とカンパーニュ」他 画家と

○「ラフマニノフ ある愛の調べ」

 曇り空、肌寒いほどの外気。
 秋を通り越して冬さえ思い浮かべてしまう、どこか寂しげな朝。
 かくてキッタンは、ラフマニノフを聴いております。

 これから買出し(母屋の分も)に行かねばならないのですが、昨日アップロードしたブログのページが不調で、何度も修正しているのにさっぱり直ってくれないもので、本日のブログくんのご機嫌はいかがなものかと、それを確かめたくて、取り急ぎブロギング。
 最近観た映画の話です。

 「ラフマニノフ ある愛の調べ」。
 1か月以上前に鑑賞したんじゃなかったか。
 「名曲誕生の秘話」とかなんとかいう宣伝文句に惹かれ、銀座で上映中から見たいと思いながら見損ねまして、レンタルDVDのお世話になりました。

 実は期待をかなり外れた出来であったがために、かえってぼんやりながら内容を覚えているというわけで。

 革命政府を良しとせず、アメリカに亡命したラフマニノフ。
 某著名ピアノメーカーのスポンサーがつき、演奏家としてアメリカ中を巡業するというシーンから始まります。
 大成功ではあっても、作曲をする時間の取れないことで苛立つラフマニノフ。

 世間では天才とひとまとめに言われる人間の才能の形にも、実はいろいろなタイプがあるわけで、モーツアルトは、スイスイとまでいかなくても、かなりの頻度で曲をつくり、さらに自ら演奏もして、なおパワーの枯れない人であったかと記憶しています。
 ラフマニノフの場合は、故郷を離れたことも原因しているのでしょうが、1曲も書けないスランプが10年間も続きます。

 それ以前にいくら素晴らしい作品を生んだからといっても、10年もスランプが続けば、そろそろ自分の才能に見切りをつけるのではないか。
 と、ついつい凡人ゆえに考えるのですが、しかし、逆に言えば、10年間も自分自身のスランプと向かい合い続ける忍耐力は、やはり天才ならでは、ということでしょう。
 

 ラフマニノフの前半生をかいつまんで描いた作品で、石頭の教師とぶつかったり、初期に書いた交響曲の失敗で精神的に参ってしまったり、想像力を刺激してくれるミューズと出会ったり、でも、彼をどこまでも支えてくれたのは妻であったり。
 と、まあ、どこかで聞いたようなエピソードの積み重ねで、そういう意味では普通の人間とさほど変わらぬ生き方をしていたのですが、それでもやはり彼は天才であったわけで、では、天才とはいったいいかなる存在なのだろうと、改めて考えてしまったのでした。

 映画としては、もう少し彼の内面に迫ってもよかったのではないかと物足りなく。
 しかし、この映画を見て以来ずっと、「パガニーニを主題とする狂詩曲」のメロディーが頭から離れませんで。

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○「消えたフェルメールを探して」

 ボストンのイザベラ・スチュワート・ガードナー美術館から1990年に盗まれた13点の美術品。
 その中にはレンブラントやフェルメールの作品も含まれていたそうな。
 ところが10年以上たっても作品は姿を消したまま。
 そこで、フェルメールの「合奏」にスポットを当てながら、この、アメリカ美術品盗難市場最高(価格にして当時で5億ドル相当)といわれる事件の謎を2年間にわたって追ったドキュメンタリーです。


 絵画探偵ハロルド・スミスという山高帽に黒い眼帯の老紳士が、もう一人の主役。
 この人、50年以上にわたって、ロンドンのロイズをはじめとする各国の保険会社の美術関係の代理人や、サザビーズ、クリスティーズ、あるいはスミソニアン、ゲッティといった美術館の美術関係の調査、コンサルティングに関わってきた、辣腕探偵だそうで。

 
 ドキュメンタリーを制作するのに先駆けてドレイファス監督がハロルド・スミスに声をかけたところ、彼もこの事件には並々ならぬ関心を抱いており、自ら調査に乗り出したという経緯があります。


 あまりネタばらしはしたくないのですが、どうやら大きな犯罪組織が関わっているらしく、この組織の親玉が実はFBIと通じているとか、どこぞの国の政治組織とつながっているとか、掘り起こせば物騒な話が続々。
 そこを際物っぽくなくさらりと流しているのが、このドキュメンタリーの不思議な魅力になっているようです。
 
 山高帽のスミス氏がまた、いいんですね。
 スゴ腕の私立探偵と聞けば、眼光鋭くーーみたいなイメージを抱きがちですが、公園でのんびりと新聞を読んでいるイギリスの老紳士といった雰囲気。
 このドキュメンタリーの中でも、「作品を渡す」という言葉に乗ってお金を先渡ししたところが、まんまと騙されたというシーンがあり、こんな経験豊かな人でも引っかかるのかと思ったものです。
 が、逆にいえば、70代にしてなお失敗を恐れず、あらゆる可能性を試すのだということ。
 
 しかし残念ながら、彼は事件を解決することなく亡くなり、そして、この映画が撮られた2005年からさらに4年たった今も、「合奏」は出てきていません。

 調査の話の合間にイザベラ・スチュワート・ガードナー美術館の創立者でありアメリカ有数の美術品蒐集家であったイザベラ(1840生まれ)の人となりを、書簡によって折々に紹介していく手法を取っておりまあいて、とりわけ印象にのこったのは、この美術館の現在の責任者の話。
 子供のときにここへ来てイザベラの肖像画を目にして相当のインパクトを受けたそうで、肖像画の彼女が彼に語りかけたというのです。
 以来、自分がこの美術館を守らねばと思ったとか。
 涙目で語るその人の言葉には誇張も偽りもなく。
 ある一瞬に得た強烈な印象はこれほどまでに人の後々の人生を決めてしまうものなのかと。


○「画家と庭師とカンパーニュ」

 妻と離婚寸前、自分が何を描くべきか常に迷っている画家(D・オートゥイユ)が故郷に帰って庭師を雇ったら、これが小学校のときの同級生。
 芸術も美術も知らず、学歴もなく、でもずっとまじめに生きてきたこの幼馴染(ジャン・ピエール・ダルッサン)との日々のおしゃべり、交流を通して我が身を振り返る機会を得、やがて描くべきものを見つけるという話。

 なんてことない内容なのに心がほのぼのしてくるのは、庭師の素朴な人柄がうまく出ているからでしょうか。
 あるいは、この作品には、悪人も、ずるがしこい人も、意地悪な人も出てこないからでしょうか。

 ダニエル・オートゥイユが味のある俳優さんになったなあと。
 フランスで気を吐いているのは、ドパルデューばかりにあらず。
 有名監督作品の常連俳優、ジャン・ピエ−ル・ダルッサンもはまり役でした。
 監督は「クリクリのいた夏」のジャン・ベッケル。

 余談ながら、この映画の配給会社、ワイズポリシーが廃業したそうです。
 佳作を世に送り出してくれた配給元でしたが。
 地味な映画を見る人がだんだん減ってきてしまったのが原因でしょうか。

 せめて50代のオバさんだけでも、大がかりな宣伝に惑わされずに作品選びをして、小粒でもよいものを応援していかなくては!

 写真はかれこれ20年ほど前の冬のパリ。
 安ホテルに泊まり、ワインやバケットや食品で食事をしながら、その分浮いたお金で映画を見たり、美術館に行ったりしたものでした。

 今だったら、こんな程度のワインではぜんぜん足らないだろうなあ。

 さ、買出し!


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posted by ゆのじ at 11:59| Comment(1) | TrackBack(0) | 映画とか何とか | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2009年09月14日

菜園オールスターズ124/菜園は、もう秋!

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○彼岸ハナ子さん、登場!!

 暑さ寒さも彼岸まで――なんて申します。
 彼岸ハナ子さんの咲き始めも、秋の到来を告げるかのような涼しい日であったような。

 先週はじめ、唐突に土中から花芽を出した彼岸花の彼岸ハナ子さん。
 1日に4〜5センチぐらいも花茎が伸びまして、11日には2本の花茎のうちの1つが咲き始めました。
 彼岸花が咲くと、ああ、もう秋なのだとつくづく感じますねえ。
 そして、彼岸花には夕陽が似合うような気がします。
 秋の西日の、なんとはなしに物悲しい色合いに、似合う赤だという気がします。
 
 
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 これは今朝の彼岸花。
 

○人も植物も、枯れて味が出る?

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 菜園では、秋は葉にいち早く訪れました。
 これは、るこう草の葉。
 もともとは緑色で、葉の先はまっすぐで、グリーンカーテンよりはグリーンレースといった趣ですが、枯れてきましたら、こんな風に葉先がカールし、優しい雰囲気が加わりました。
 


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 桜の葉っぱは、ゆっくりと紅葉をはじめています。
 紅よりは桜色にオレンジ色を混ぜたような色合い。
 1週間ぐらい前におトキさんがその兆候に気付きました。
 


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 朝顔は、すでにタネがたくさん取れております。
 1花につき4個となかなかの子沢山。
 それに、いわゆる1番花だからなのか、種の1つ1つが大きくて、来年もきっとしっかり育ってくれるのだろうなあと期待できます。
 この写真の種はいつごろ咲いた花なのでしょうね。
 









 ○でも、これからひと花、ふた花


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 屋上菜園の琉球朝顔はまだまだこれからが旬のようです。
 昨年、谷中だったと思いますが、取材で出かけたときに、家の壁面いっぱいに葉がつき花が咲いているのを見て、欲しいな、我が菜園のでもグリーンカーテンに使いたいなと、ずっと思っていたのですが、残念ながら品種名を知らなかったために、どんな性質をもっているのか、いつ頃が旬なのかといったことを調べる手立てがありませんでした。

 しかし、「求めよ、さらば与えられん」ですね。
 今年7月に近所のスーパーで苗を売っているのを見つけ、これだ!と、さっそく2株を購入。
 このときに、琉球朝顔という名前も知りました。

 ところが、購入した株は20センチに満たない小さな苗だったもので、1階分の壁面を這い上がるのにたっぷり夏中かかってしまい、今、ようやく花の時期を迎えたようです。
 朝顔と名前がついてはいますが、夕方まで咲き続けています。
 

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 そして、これは西洋朝顔の蕾。
 キッタンの仕事場である部屋の屋上、つまり新屋上菜園とでももうしましょうか。
 そこに7月になってから蒔いたもの(プランターだけど)。
 東向きで朝日をいっぱい浴びるせいなのか、仕事場の前の屋上菜園の西洋朝顔よりも花の付き方がよろしいようで。

 余談ながら、この西洋朝顔は、種が取れないらしく。
 しかたがないので、キッタンは西洋朝顔の花粉を他の朝顔に受粉させて、西洋朝顔の血統をひく”西洋もどき”を来年咲かせようと目論んでいるのですが、さて、どの朝顔に授粉したっけか。
 
 

 



posted by ゆのじ at 15:03| Comment(0) | TrackBack(0) | 屋上菜園記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする