日本人っていうのは、食をさまざまにアレンジするのが本当に好きですねえ。
つい先日、もんじゃ好きなOMちゃん、以前お世話になった編集者のOEさんと、もんじゃを食べに行きました。
場所は浅草の「祭りばやし」。
椅子席、といってもベンチ型で、ソファ部分を持ち上げると中が物入れになっている。
最近のもんじゃ屋でよく見かけるタイプですが、ここは開店10年を迎えたそうですから、数々の食べ物店が生まれては消えを繰り返す浅草では、健闘中の店といってよいのではないでしょうか。
さて、肝心のもんじゃ。
五目もんじゃ、明太子もんじゃ、それにカレーもんじゃまでは食べたことがあったけれど、カルボナーラもんじゃなどというハイカラ(?)なメニューに出くわしたのは初めてです。
それでオバサン根性丸出しのキッタンが、「せっかくだから食べてみよう」とリクエストしたわけで。
現れたのはソースっ気の全くないホワイトもんじゃでした。
具はと申しますと、もんじゃの定番であるキャべツは健在ながら、あとはハムに粉チーズ、青ノリに見えるのはバジルで、完璧に洋風。
カルボナーラに欠かせぬ卵は黄身のみが生のまま頂上に君臨しておりました。
今回、もんじゃづくりはすべて、もんじゃ通のOMちゃんにお任せしており、それまでのもんじゃは難なく美味しく調理してしまった彼女ですが、さすがに「卵、どうすればいいんですかね。このまま混ぜて焼いちゃっていいのかな」と迷っておりました。
しかし、結局、具に混ぜ込んでから鉄板へ。
そしてご覧のようにあっという間に火の通ったカルボナーラもんじゃ(写真1枚目)を、コテで掬って舐めてみると――。
OMさん、OEさんとも、違和感はない様子です。
キッタンも舐めてみれば、もんじゃというより、グラタンのルーを彷彿させる味。
まあ悪くないって程度かと、その瞬間は思ったのですが、食べ始めるとけっこうコテが進みます。
つまり、わりにイケるんだな、これが。
理由は3つ。
1.ハムに熱が通るにつれ、ハムのうまみが際立ってきて味にコクが出る。
2.焼いているうちにキャベツの甘みもルーににじみ出て少しまろやかさも加わる。
3.だから焦げ目も美味しい。
そんなこんなで、案外早く完食いたしました。
唯一気になったのは塩味でしょうか。
食べ始めはやや味が薄くさえ感じたのに、ハムの塩分が出るためか、ルーの水分が飛んで味が凝縮されるせいか、次第に塩気が強まってきます。
高血圧気味のキッタンには若干、不安。
それを除けば、そのとき呑んでいたハイボールのおつまみとしてうってつけなのでありました。
店についての情報を少々
どのもんじゃにも味付けがされているとのこと。
これは最近のもんじゃの傾向なのでしょうか。
昨年、やはりOMちゃんと行った墨田区吾妻橋のもんじゃ屋「CHICO」でも同様でした。
(「CHICO」にはスカイツリーもんじゃというメニューあり)
価格。
1杯900円前後という価格が高いのか安いのか、最近のもんじゃ相場はよくわからず。
しかし、月島のもんじゃ屋で海鮮もんじゃ1800円なんてのを見かければ、まずまず庶民的な価格ですか。
量はそれほど多くないものの、3人程度であれこれ味見したい場合には手頃なサイズ。
もう一つ、これも最近の傾向なのでしょうが、ルーが濃い、つまり小麦粉が多く使われていて、味も濃厚な気がいたします。
おしゃべりに夢中になっていたので、客の入りまではチェックしていませんでしたが、長っ尻な客は案外と少なかったような。
締めの焼きそばやデザートまで行かず、他で呑みなおしたり、ラーメンなど食べに行くのかもしれませんね(それが出来るのが、浅草でもんじゃを食べるメリットでもある)。
しかし、これはもんじゃなのだろうか
酒のつまみとしては全く問題のなかったカルボナーラもんじゃ。
しかし、果たしてこれはもんじゃなのだろうか。
帰宅してからそんなことをついつい考えてしまいました。
キッタンが子供時代に体験したもんじゃは、今では懐かしいアルマイトの水飲み用カップに入って50円程度でしたか。
具といえばキャベツがメイン(というかほとんど)で、後は好み焼の具の余りを捨てるに惜しくてこっちへ回したのではないかと思われるようなものが見え隠れ。
味付けなし、白い小麦粉のとぎ汁のまま出てくるので、自分でウスターソースを心ゆくまで注ぎ込み、マイカラー、マイテイストにカスタマイズするのが下町もんじゃの掟でした。
そして誰もがたっぷりソースを入れました。濃い味が好きだからではなく、量を増やすためです。
セコイって? いえいえ、子供なりの生活の知恵。
焼き方も今とはずいぶん違いましたね。
土手状にはせず(したくてもそんな量もなかったけど)、具より圧倒的に多く入っているルーを、ざーっと鉄板に流す。
具入りの部分はトロンとする程度まで火を通し、食べるよりは舐める感覚。
さらに、ルーだけを平たく伸ばしてパリパリに焦がす。
それをどれだけ大きな面積のままではがして食べられるかーー表だって競ったりはしないものの、みんな秘かにそれを目指して焼いておりまして、誰かが大きなオコゲをつくって見事にきれいにはがすと、内心羨ましかったですねえ。
なぜって。
まず油の引き方に気を配らなければいけないし、火加減との兼ね合いもある。
ルーを広げる厚みにもコツがいる。
それに、せっかく大きなオコゲができても、コテの力の入れ方によってはすぐに粉々に崩れてしまいますから、かなりのテクと細心の注意が必要なのです。
残念ながら、不器用なキッタンはビッグ・オコゲを一回も作ったことがなく。
そんなですから、もんじゃ1杯を皆で分けたりはせず、めいめいが自分の分を注文し、自分の前で少しずつ焼いて行く。これはお好み焼きについても同様で、シェアして食べるルールはなかったですねえ。
やがて、月島がもんじゃの聖地として有名になったのは、キッタンが大人になってから。
それまで下町では、もんじゃは駄菓子屋かかき氷屋の冬のメニューで、子供が食べるものと決まっていいましたで(少なくともキッタンは、大人が食べているのを見たことがなかった)。
ですからと全く興味を持たなかったのですが、いい年こいて友人に連れられて初めて月島の店に入って、驚きました。
もんじゃ1杯が何と600円もする(15年近く前の話。それでも今よりは安かった。1000円台のもんじゃはなかったし)。
本来は庶民の子供が最も気軽に手を出せるオヤツであったはず。
月島もんじゃは確かに駄菓子屋もんじゃの何倍も量があるし、具もたっぷり入っているし、メニューもバラエティ豊か。でもそれにしてもこの価格設定は高すぎるよなあと、当時はひどく違和感をもちました。
その上、焼くには土手にしなくちゃいけない、なんて言う。
初めて月島の店に入ったときのこと、下町ルールのつもりでルーを自分の前の鉄板に流そうとして、店のおっちゃんに「ダメダメ、だから素人は困る」と叱られた(文字通り叱られたのです!)のには参りましたねえ。
時は移ろい、もんじゃの味や食べ方も変わっていく。
まあ、これは仕方ないことなのかもしれませんが。
もっとも、「大人もんじゃ」にも長所があります。
たとえば中華料理店へ何人かで行く。
一品料理を取ってシェアするとなると、厚かましい人を別とすれば、ふつうは親しい間柄でも遠慮しがち。
世話役を買って出てくれる人が料理を取り分ければまだしも、そうでないと何となく箸を出しにくい場合も多いのではないでしょうか。
もんじゃの場合、ここ何回か出かけてさりげなく観察(?)してみたところ、みんな臆せずコテを出している。
自分の好きなだけ取って食べて、でも、皿に盛るわけではないので、「あの人はあんなに取っている」的な判断がしにくいせいか、人目を気にする日本人には案外とよい方法なのかもしれません。
キッタン自身、たまに無意識にコテを使っている自分に気づいて、びっくりすることも。
と、ついつい話が長くなりました。
もんじゃも、食べ歩いてみるとそれなりの発見があり、次回はどこにしようか、と。
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