2009年09月15日

cinema et ca et la 8/「画家と庭師とカンパーニュ」他 画家と

○「ラフマニノフ ある愛の調べ」

 曇り空、肌寒いほどの外気。
 秋を通り越して冬さえ思い浮かべてしまう、どこか寂しげな朝。
 かくてキッタンは、ラフマニノフを聴いております。

 これから買出し(母屋の分も)に行かねばならないのですが、昨日アップロードしたブログのページが不調で、何度も修正しているのにさっぱり直ってくれないもので、本日のブログくんのご機嫌はいかがなものかと、それを確かめたくて、取り急ぎブロギング。
 最近観た映画の話です。

 「ラフマニノフ ある愛の調べ」。
 1か月以上前に鑑賞したんじゃなかったか。
 「名曲誕生の秘話」とかなんとかいう宣伝文句に惹かれ、銀座で上映中から見たいと思いながら見損ねまして、レンタルDVDのお世話になりました。

 実は期待をかなり外れた出来であったがために、かえってぼんやりながら内容を覚えているというわけで。

 革命政府を良しとせず、アメリカに亡命したラフマニノフ。
 某著名ピアノメーカーのスポンサーがつき、演奏家としてアメリカ中を巡業するというシーンから始まります。
 大成功ではあっても、作曲をする時間の取れないことで苛立つラフマニノフ。

 世間では天才とひとまとめに言われる人間の才能の形にも、実はいろいろなタイプがあるわけで、モーツアルトは、スイスイとまでいかなくても、かなりの頻度で曲をつくり、さらに自ら演奏もして、なおパワーの枯れない人であったかと記憶しています。
 ラフマニノフの場合は、故郷を離れたことも原因しているのでしょうが、1曲も書けないスランプが10年間も続きます。

 それ以前にいくら素晴らしい作品を生んだからといっても、10年もスランプが続けば、そろそろ自分の才能に見切りをつけるのではないか。
 と、ついつい凡人ゆえに考えるのですが、しかし、逆に言えば、10年間も自分自身のスランプと向かい合い続ける忍耐力は、やはり天才ならでは、ということでしょう。
 

 ラフマニノフの前半生をかいつまんで描いた作品で、石頭の教師とぶつかったり、初期に書いた交響曲の失敗で精神的に参ってしまったり、想像力を刺激してくれるミューズと出会ったり、でも、彼をどこまでも支えてくれたのは妻であったり。
 と、まあ、どこかで聞いたようなエピソードの積み重ねで、そういう意味では普通の人間とさほど変わらぬ生き方をしていたのですが、それでもやはり彼は天才であったわけで、では、天才とはいったいいかなる存在なのだろうと、改めて考えてしまったのでした。

 映画としては、もう少し彼の内面に迫ってもよかったのではないかと物足りなく。
 しかし、この映画を見て以来ずっと、「パガニーニを主題とする狂詩曲」のメロディーが頭から離れませんで。

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○「消えたフェルメールを探して」

 ボストンのイザベラ・スチュワート・ガードナー美術館から1990年に盗まれた13点の美術品。
 その中にはレンブラントやフェルメールの作品も含まれていたそうな。
 ところが10年以上たっても作品は姿を消したまま。
 そこで、フェルメールの「合奏」にスポットを当てながら、この、アメリカ美術品盗難市場最高(価格にして当時で5億ドル相当)といわれる事件の謎を2年間にわたって追ったドキュメンタリーです。


 絵画探偵ハロルド・スミスという山高帽に黒い眼帯の老紳士が、もう一人の主役。
 この人、50年以上にわたって、ロンドンのロイズをはじめとする各国の保険会社の美術関係の代理人や、サザビーズ、クリスティーズ、あるいはスミソニアン、ゲッティといった美術館の美術関係の調査、コンサルティングに関わってきた、辣腕探偵だそうで。

 
 ドキュメンタリーを制作するのに先駆けてドレイファス監督がハロルド・スミスに声をかけたところ、彼もこの事件には並々ならぬ関心を抱いており、自ら調査に乗り出したという経緯があります。


 あまりネタばらしはしたくないのですが、どうやら大きな犯罪組織が関わっているらしく、この組織の親玉が実はFBIと通じているとか、どこぞの国の政治組織とつながっているとか、掘り起こせば物騒な話が続々。
 そこを際物っぽくなくさらりと流しているのが、このドキュメンタリーの不思議な魅力になっているようです。
 
 山高帽のスミス氏がまた、いいんですね。
 スゴ腕の私立探偵と聞けば、眼光鋭くーーみたいなイメージを抱きがちですが、公園でのんびりと新聞を読んでいるイギリスの老紳士といった雰囲気。
 このドキュメンタリーの中でも、「作品を渡す」という言葉に乗ってお金を先渡ししたところが、まんまと騙されたというシーンがあり、こんな経験豊かな人でも引っかかるのかと思ったものです。
 が、逆にいえば、70代にしてなお失敗を恐れず、あらゆる可能性を試すのだということ。
 
 しかし残念ながら、彼は事件を解決することなく亡くなり、そして、この映画が撮られた2005年からさらに4年たった今も、「合奏」は出てきていません。

 調査の話の合間にイザベラ・スチュワート・ガードナー美術館の創立者でありアメリカ有数の美術品蒐集家であったイザベラ(1840生まれ)の人となりを、書簡によって折々に紹介していく手法を取っておりまあいて、とりわけ印象にのこったのは、この美術館の現在の責任者の話。
 子供のときにここへ来てイザベラの肖像画を目にして相当のインパクトを受けたそうで、肖像画の彼女が彼に語りかけたというのです。
 以来、自分がこの美術館を守らねばと思ったとか。
 涙目で語るその人の言葉には誇張も偽りもなく。
 ある一瞬に得た強烈な印象はこれほどまでに人の後々の人生を決めてしまうものなのかと。


○「画家と庭師とカンパーニュ」

 妻と離婚寸前、自分が何を描くべきか常に迷っている画家(D・オートゥイユ)が故郷に帰って庭師を雇ったら、これが小学校のときの同級生。
 芸術も美術も知らず、学歴もなく、でもずっとまじめに生きてきたこの幼馴染(ジャン・ピエール・ダルッサン)との日々のおしゃべり、交流を通して我が身を振り返る機会を得、やがて描くべきものを見つけるという話。

 なんてことない内容なのに心がほのぼのしてくるのは、庭師の素朴な人柄がうまく出ているからでしょうか。
 あるいは、この作品には、悪人も、ずるがしこい人も、意地悪な人も出てこないからでしょうか。

 ダニエル・オートゥイユが味のある俳優さんになったなあと。
 フランスで気を吐いているのは、ドパルデューばかりにあらず。
 有名監督作品の常連俳優、ジャン・ピエ−ル・ダルッサンもはまり役でした。
 監督は「クリクリのいた夏」のジャン・ベッケル。

 余談ながら、この映画の配給会社、ワイズポリシーが廃業したそうです。
 佳作を世に送り出してくれた配給元でしたが。
 地味な映画を見る人がだんだん減ってきてしまったのが原因でしょうか。

 せめて50代のオバさんだけでも、大がかりな宣伝に惑わされずに作品選びをして、小粒でもよいものを応援していかなくては!

 写真はかれこれ20年ほど前の冬のパリ。
 安ホテルに泊まり、ワインやバケットや食品で食事をしながら、その分浮いたお金で映画を見たり、美術館に行ったりしたものでした。

 今だったら、こんな程度のワインではぜんぜん足らないだろうなあ。

 さ、買出し!


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posted by ゆのじ at 11:59| Comment(1) | TrackBack(0) | 映画とか何とか | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
この記事へのコメント
350mlの缶ビールの爆睡だからワインは全然足りちゃうよ!!
Posted by オトキトキトキ at 2009年09月15日 13:17
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